ラルロッザの学園都市 SS22―1
ギャグ編ショートストーリー SS22 ふたりのスピカ 前編
第21話(http://matusagasin.cocolog-nifty.com/blog/2008/12/post-f6b1.html)の続きです
ドッサァッ! と重い音がして、何かが放りだされた。後ろ手に縛られたまま、正座をして床を向き、プルプル震えていた生徒会長のドラゴン、センシエスタ・ノートランドが、ビクゥッ! と体を震わせる。
その隣では、何故か体中に亀甲型に鎖を巻きつけられ、後ろ手に縛りあげられた夏妖精、アルヴァロッタ・アークシーが、同様に、なるべく前を見ないように正座して、プルプルしていた。
センの脇に転がされたのは、口にガムテープを張られ、体をギッチギチに、何重ものアルミホイルで素巻きにされていた、南大魔王の娘。クリーム色の髪をした樹木妖精の、カランフロン・チェルサーだった(第七話登場)
アルミホイルの下は、腕をクロスさせるタイプの拘束具なのか。うまく身動きすることもできずに、熱気で真っ赤になった顔を、必死にブンブン振っている。ものすごく暑いらしい。
「ふ゛んっぐぅぅ゛! んん゛っぐぅぅ゛っ!」
ビッタンビッタンと足を震わせているカランを一瞥し、ザインフロー会議室の上座に座った女性が、息をついて足を組んだ。そして頬杖を突いて、センを見る。
「……ほれ、じゃから正直に話せい。寝取った女が蒸し焼きにされてもいいのかえ?」
優雅な通る声で呼びかけられ、センが涙目でブンブンと首を振る。
良く見ると、彼も口にガムテーブが貼り付けられていた。
「ぐんぅ゛ぅう! ぐうう!」
「何を言っているのか分からぬ」
はぁ……とため息をつき、女性が首を振る。
クリーム色の、やたら長い髪をした美女だった。二十代前半程だろうか。薄衣のようなドレスをまとい、まるでマントのように髪の毛を床に流している。三メートルはある。
顔つきはカランにそっくりだった。
けだるそうな色っぽい背中からは、髪の長さに負けず劣らずの大きさの、枝が伸びている。絡みあって鳥の羽根のようになっていた。それぞれから白い花や、青い葉が飛び出している。
バッサバッサと、十人以上の召使いの女の子達が、大きなうちわで彼女を仰いでいた。
一人が室内だというのにパラソルをさして支えている。また別の召使いが、しずしずと、トレイに乗せた赤ん坊ほどもある巨大なジョッキを差し出した。中には、ボッコボッコと泡立っている、コールタールのような生温い液体が満たされている。
それを受け取って、女性は細見とは思えない豪快さで、ゴッ、ゴッ、ゴッ、ゴッ、と喉に流し込んだ。
そしてダンッ、とからになったジョッキをテーブルに置く。
途端、会議室の中に言い知れない緊張感が走った。
学校の先生たちが、少し離れた場所の椅子に座って、身動き一つしていなかった。
女性から少し離れた場所のソファーに腰をおろしていた、何か小山のようなものが動いた。
脇の巨大な点滴台をガラガラと動かし、その巨人が、白いひげをなでまわしながら口を開く。
「まあ、少し落ち着くがよいですぞ。チェルサー。そんな拷問まがいのことをしても、本当のことは聞き出せぬ」
「先生は黙っていてくだされ。これは家族の問題でする」
キッ、と彼女――南の大魔王、サナフロン・チェルサーが、学園理事長の巨人ルバロンを睨みつける。
「若姐さま、お汗が……」
召使いの一人に、ハンカチで頬を拭き拭きとされながら、サナフロンはもう一杯不気味な物体を喉に流し込んだ。
そしてぷはぁっと息を吐いてから、また氷のような瞳でセンを睨みつける。
「何じゃ? はよう答えぬとカランフロンが蒸し焼きになるぞえ?」
「若姐さま、大変申し訳にくいのですが……」
そこで、召使いの少女の一人が、おどおどと口を開いた。
「何じゃ? わらわは今忙しい。後にせい」
「いえ、あの、若姐さま……口をふさいでいたら、答えられるものも答えられないかと……」
「……」
指摘されて初めて気がついたらしい。
サナフロンはくいっと顎で指示をし、召使いにカランとセンの口に貼ったガムテープをビリビリと剥がさせた。
途端、樹木妖精の娘が、濁点混じりで泣き叫んだ。
「ママ゛ごめんな゛さい゛ぃぃ゛! ごべんなざぃいい゛!! もうしまぜんがらぁあ゛ぁあ!」
湯だっているのか、ろれつが回っていない。
サナフロンはそれに対して
「ダメよ」
と一言答えてから、荒く息をついているセンに向かって言った。
「わざわざここまで来てやったのじゃ。いい加減白状せい」
「白状も何も俺は無実だっつーの!!」
縛られながら彼が絶叫した。
「まだしらを切りとおすつもりかえ」
「戦争するつもりかよおばさん! とんでもない騒ぎになってんじゃねーか!」
「誰がおばさんじゃ!!」
「あんただよ!!」
ギャーギャーと南の大魔王と、東の大魔王の息子が怒鳴り合っているのは、ザインフローの大会議室だった。
南のマフィアシンジケート総元締めであるサナフロンが、ここに『お忍び』で入り込んだのは、今から二時間ほど前のことだった。
とは言っても、にゃんこ先生などのような例外(にゃんこ先生はケロヘルンの中でも動物に近いので、結界に左右されません)とは違い、当然ながら、圧倒的な邪悪な魔力を持つ彼女は、学園敷地内に入れない。
だから、連絡を受けた理事長が手を回し、政府を動かして学園周辺に軍隊を配備。
その後結界を解除して、サナフロンを中に招き入れ、結局マスコミや政府各所に嗅ぎつけられ、今ザインフローの周辺はとんでもない騒ぎになっていた。
この世の終末と言わんばかりに、学園の中から別の場所に逃げ出す生徒も続出している。
警備網をくぐりぬけてきたマスコミだろうか。外でインタビュアーの声と、警備員の
「許可なく敷地内に入ることは禁じられています!」
「そっちから入ったぞ!」
「捕まえろー! 構わん殺せー!」
といったような叫び声が聞こえる。
「もとはといえばセンシエスタ! お前がはっきりしないからこういうことになったんではないかえ!」
バシンとテーブルを手で叩いて、南の魔王が声を上げた。
センがもがきながら負けじと怒鳴り返す。
「はっきりも何も俺がいつカランフロンと婚約したよ!!? あんたは何でそう前から俺にこだわるんだよ!」
「やかましいわ! わらわの頭の中ではすでに貴様らは夫婦じゃ! 書類も既に出してあるわ! 後必要なのは貴様の同意だけじゃ!」
「どさくさにまぎれて何言ってんだ!? 初耳だよ!?」
「ええいやまかしい! 責任をとれセンシエスタ! この娘が貴様の子供であると、一言認めればいいのじゃ!」
高らかに宣言したサナフロンの背後から、ちゅぱちゅぱと哺乳瓶を咥えているリンフロンが、召使いの一人に抱っこされて進みでる。この大騒ぎの中、半分寝ている。
「法的にはそうかもしれねえけど俺は無実だ!」
「魔力検診とDNA照合は貴様を父と証明したのだぞ! この出生届に判を押すだけで事足りるものを!!」
バシーンと巻き書類の束を床に投げつけ、南の魔王が、しくしくと泣いているカランフロンを睨みつける。
「カランも何か言いたもう! こ度の騒乱はお前が招いたことぞ!? あれほど、子作りは母の目の届くところでと言い聞かせておったというに!! 母の計画を先走って台無しにしてくれたな!? そんな娘はそこで蒸し妖精にでもなるがいいわ!」
「いやちょっと計画って何!? 俺に何をするつもりだった!?」
「ごめ゛んなざい゛ママ゛ぁぁああ゛! でも私どうしても子供(既成事実)がほしかったの゛おお゛! 負けたくなかったの゛おお!」
「こうなる前に母に相談していたら、いくらでもどうにかしてやったものを! ええい面倒じゃ! 面倒この上ない! こうなった以上もう、センシエスタ、とっとと血判を押せ!」
「くそう! これ状況がさらに悪化しただけじゃねーか! いっそ殺せ!」
「死ぬくらいなら判を押してから死ね! わが娘を未婚の母にするつもりかこの外道!」
「うるせぇええ! 俺は今、てめーの娘のせいで、正真正銘未婚の父だよ!!」
「なっ!? きぃぃぃぃい! ちょっと見ない間に随分生意気になったのう小僧ぉお! このわらわに対しておばさんと申したうえ、カランフロンを辱めてさらに減らず口をたたくかえ!?」
「辱められてるの俺なんだけど!? 殺すなら殺せ! この一線だけは絶対に譲らん! 譲らんぞ! 乳も揉んでない女の子供を押しつけられて、はいそーですかといえるかバカ野郎共め! 帰れ!」
「いいや、やっと捕獲したからには絶対に認知させるぞ! そこまで言うならいいだろう、九割ほど殺してから蘇生させてくれる! うん、というまで何度でも九割殺ししてくれるわ!」
「ああいいさやるがいいさ! しかし俺の全ては、何が起ころうときっと変わりはしない!」
「やめでください゛! お母様゛! あなたぁあ゛! 私のため゛に争わないでええ゛!」
「自分のための抵抗だよこれは! あと、あなたとか言うなバカ!」
もう訳が分からない。
髪を振り乱してムキになっている南の大魔王と、素巻きにされて真っ赤になっているその娘と、縛られているドラゴンが、またしばらくギャーギャ―喚く。
しばらくして、亀甲縛りをされているロッタが、カタカタと震えながら口を開いた。彼女は口をふさがれていなかったらしい。
「もうめんどくさいわセン。認知して帰ってもらいなさいよ……あたし、足が痺れて、ほんともう駄目……太もも破裂しそう……」
「お前俺のこの危機的状況にさ、何で太ももの心配してるの!?」
「それより何であたしは亀甲縛りされてるのか、マジで教えてほしいわ。リアルに胸が千切れそうよ……」
「やかましいぞ薄汚い妖精め! 元はといえば貴様が諸悪の根源ではないかえ!」
そこで大魔王が激高し、傍らの召使いに顔を拭かせた。
ロッタが面倒くさそうにサナフロンを見上げる。
「はあ……もうそれでいいですから、はやいとこリンフロン連れて帰ってくれませんか? 認知するように、あたしからこいつにはよく言い聞かせておきますから」
「へ!? あ、あぁ……お主的にはそれで良いのか……!?」
「もういろいろあきらめがつきましたから。いい加減これしきの事じゃあたしの心は揺るがなくなりました。もうめんどくさいので、あたしは側室でいいです。その辺の地位が、ベストポジションなんじゃないかと思いはじめてきました」
「それもどうかと思うが……」
「その代わり、カランフロンの髪の毛をバリカンで全部剃らせて下さい。それですべて水に流します」
「何を言っている!?」
「いやあ゛あああ! もうハゲはいやぁあああ! ママ゛助けてええ゛え!」
「ですから、カランフロンの髪をバリカンで剃らせて下されば、あたしは全てを水に流します。それ以上は望みません」
「何を真顔で言っている!? お主恐ろしいぞ!?」
「てめぇアークシー! 自分のエゴを満たせれば俺のことはどうでもいいとでも言うつもりか!?」
「何かもう、この状況が収集するならどうでもいいわ。今の一番の願いは亀甲縛りから抜け出すことよ」
「待て見捨てないでくれええ!」
今度は、冷めた態度の亀甲縛りをされた妖精と、ドラゴンがギャーギャー言い出す。
シュールな光景だ。
予想外だったのか、ポカンとしているサナフロンの前で、ロッタは、必死に自分を睨みつけようとしているカランフロンを見下ろした。
そしてふぅ……と疲れたため息をつく。
「あんたも懲りないわね……まだ剃られたりないっていうの?」
「ぐっ……う゛ぅぅ゛うッ!! あれしきのことで! この゛私が屈服したとでも゛……!」
「だからって子供生成して送ってくることはないでしょ……ありえないでしょ……」
「うるしゃい゛! うるひゃい゛! どんなにつんつるてん゛にされたって、お前なんかに゛、センシエズタ様はわたさない゛もん! わださない゛もんんん!!」
「うるっさいわね! 交渉がすんだら、今度こそ永久脱毛してやるから覚悟しなさい! 二目と見られない×イ×ンにしてやる! それでも尚鏡を見る勇気があるか見ものね!!」
「びぃぃぃ! ママ゛ぁぁぁああ゛!」
「お前カランに何をしたんだ……(第七話参照)」
以前自分をひねり殺しかけた相手に、というか大魔王にさえ欠片もひるんでいないロッタを、センが驚愕の瞳で見る。
「うるさいよノートランド。元はといえばあんたの節操がないのが原因なんだから、もっと申し訳なさそうにしなさい。表面的にでも」
「俺何もしてないんですけど!?」
(※リンフロンは、カランフロンがセンの細胞と自分の細胞を使って、禁呪で勝手に生成した子供です)
「いいから。ほら、とりあえずここは一応謝っておいてお帰り願うのよ。書類なんて大した力がないんだから、仮の誠意だけをみせておきなさい。こういう手合いは、大概それで黙るわ」
「打ち合わせは相手がいないところでせぬか!」
バンッとテーブルを叩いてサナフロンが声を張り上げる。
そっちを冷たい目で見て、ロッタは、はぁ……とまたため息をついた。
「脅しは効きませんよ? もうあたしには失うものは何もありません」
「くぅぅ! とんだダークホースだったわこの娘! わらわを大魔王、サナフロン・チェルサーと知っての狼藉か!?」
「あたし、一度他の大魔王に殺されかけてるんで、もう慣れたっていうか。てゆうか早く帰りたいっていうか。育児から解放されるのなら、何かもうどうでもいいっていうか……」
「何じゃこの女子高生!?」
「サナ姐さん。ロッタをまともに相手しない方がいいですよ……話がまとまりませんし……」
センがそう言って、深いため息をついた。
「とりあえず、俺はリンフロンを娘って認知するつもりはありません! とっとと引き取って帰って下さい!」
「センシエスタ様酷いぃい゛……私をもてあそんだあげく裏切るおつもり゛ですか!?」
ビッタンビッタンと足をセイウチのようにばたつかせながら、素巻き状態のカランフロンが言葉を絞り出す。
「どっちかというと弄ばれてんの俺じゃね!?」
「まあ落ちつきなさいお前たち。高校生がそう言った血なまぐさい話をするものではない。筆舌に尽くしがたいドス黒さじゃ……」
そこでやっとルバロンが突っ込みを入れることに成功した。
先生達がホッとしたのもつかの間、ロッタが威圧感のある目を彼にキッ、と向けて口を開いた。
「理事長は黙っててください。これはあたしたちの問題なんですから」
巨人が小さな妖精のプレッシャーに押され、「う……うむ」と頷いて言葉を飲み込む。
「せっかく来てもらってなんですけど、おばさま? 新聞沙汰になったら困るからって、無理矢理ノートランドの魔力認知印をもらおうとは、ちょとおこがましいんじゃありません?」
そこで、何かが吹っ切れたのか、ロッタが呆れたように息を吐きながら言った。
「誰がおばさまじゃ!?」
「あら……でもお姉さんって歳でも……ねえ? 親子そろって大人っぽいから、見たままの感想を言っただけですよ。ごめんなさいね正直で」
にっこりと笑って妖精が軽く首をかしげた。樹木妖精二人の顔が、同時に一気に険しくなる。
「あたしはご欄の通り、若くてほら、肌の張りもあるし、まだまだ成長していますし、閉×したり×娠したりしてる女性方とは違うっていうか……? ですからこう、ほら、熟女のみなさんは熟女のみなさんで、ノートランドを好きにすればいいと思うんです。あたしはまだ、ふふっ……こう言っちゃなんですけど、未来があるっていうか? どうぞ好きなだけ騒いでください。あたしは痛くもかゆくもないですから」
怪しく瞳を光らせながら、ロッタが低い声と目だけは笑っていない満面の笑顔で言う。
あわわわわ……と口を震わせながら必死に止めようとしているセンの前で、サナフロンが何かを怒鳴ろうとし……しかし、ぐっと言葉を飲み込んだ。
女と女の戦いで、先にキレた方が負けだと本能的に察したらしい。
大魔王はたたずまいを直し、額の汗を召使いにぬぐわせると、淡々と座っている小さな妖精を見下ろした。鼻の脇の筋肉が少しピクピク動いているが、顔が優雅な笑顔に戻る。
「ふふっ……乳臭い小娘がいくら吠えたところで、生まれ持っての優越性は変わらぬわ。お前たち、カランフロンの縛を解け」
「ひいい! 最悪だああ!」
センが絶叫する。
その前で、召使いにカランが素巻きと拘束具を解かれ、しばらくの間、ボタボタと汗を垂れ流しながら、四つん這いの姿勢で、ゼー……ゼー……と息をついた。
拘束具の内側にはヒーターがついている。相当暑かったはずだ。
「反省したかえ? カラン?」
母に聞かれ、樹木妖精の子はブンブンと上下に頷いた。
「もう勝手な真似はしませんんん!」
「よろしい。まあこの場は一時許そう」
召使いから水のボトルを受け取って喉に流し込みながら、カランは息をついた。そして、亀甲縛りのままで、自分をジト目で見上げているロッタを、腕組みをして……ふん、と鼻を鳴らし見下ろした。
「……け……形勢逆転ですね、豚妖精……」
「何よ、いきなり強気じゃない?」
「いつぞやの恨み、返させてもらいますよ……バリカンを持てい!」
細い声を張り上げてカランが怒鳴る。
用意していたのか、召使いがどでかいバリカンを持ってきたのを見て、しかしロッタは、ハッと鼻を鳴らしてみせた。
「剃りたいなら剃ればいいわ。でもあんたがコブつきであたしがクリーンっていう事実は消えないからね!」
「言わせておけばああ゛ぁあ!」
「待つのじゃカラン。この娘、亀甲やバリカンくらいでは心は折れぬようじゃ。それより、もっと面白いことを思いついた」
「ママ!?」
「ふふ……わらわをおばさまとののしった罪を悔いながら、たっぷりと、センシエスタを奪われる絶望を味あわせてくれるわ……」
もはや何が目的なのか分からなくなっている。
怪しい笑みを浮かべながらクックック、と喉を鳴らした大魔王を見上げながら、センは、今までになく諦めきった、重い息を吐き出した。
「フィルの親父といい、カランのおふくろさんといい、何でこう大魔王ってバカ率が高いんだろうな……」
首を振って、牛角の少年、ゼマルディ・クラウンが呟く。
第十五生徒会の彼らは、大陸中のテレビ局、マスコミ各所でごった返しているザインフローの街並みを、呆然として見ていた。
大魔王サナフロンが来るという話で、どうせろくでもない結果になるだろう……と予想はしていたので。
全員、潔いほどあっさりと友を見捨てて、街に避難していたのだが。
「あの枯れ木共おお!」
センの双子の妹、ホワイトドラゴンのルイが口に手を当てて悲鳴を上げる。
もう既に用意をしてザインフローに来ていたのか、飛行船が陽気な音楽を鳴らしながら上空を飛びかい、おびただしい数のアドバルーンが浮かび上がっていた。
垂れ幕には
『ノートランドとチェルサーの結婚を祝して』
とか、
『婚礼の儀に贈る言葉』
とか、いずれも各界トップやマスコミ関係者からの、センとカランの結婚式を祝う言葉がつづられていた。
「ロッタも連れて行かれましたし、ノートランドさんに至っては麻酔弾をブチこまれてましたし……あの子を始末してから、ノートランドさんとカランさんの結婚式を強行するつもりでしょうか?」
車椅子の人魚……アイカ・マロンが頬に指を当てながら呟いた。
「彼も、そろそろ年貢の納め時ですねえ。まあ今までの女遊びのツケが戻ってきたと思えばいいですよ」
「うるさいよ奇乳! くうぅぅう! 許せない! どっちも殺してくる!」
ルイが危険なことを言い放って、学園に向かい足を踏み出す。それに飛びついて、慌ててゼマルディが叫んだ。
「待て落ちつけ! 流石にお前でも、南の大魔王に挑んだら、返り討ちにされるって!」
「じゃあどうすればいいんです!? このままじゃににさまが、戸籍上コブつきになってしまいます!」
「いいじゃないですかもう……何かもう面倒臭いので、いっそ籍を入れさせてしまうという考え方もありますけれど……相手方はそれで満足なんでしょう?」
アイカの呟きに、白いドラゴンが、目をピカーッと光らせながら言った。
「冗談じゃない! たわけたこと抜かすんじゃないよ! ににさまは私のものなんだよ!」
「でもそれでわたくしたちの命は助かりますわ」
「人魚! あんた、ににさまよりも自分の命の方が大事だって言うのかい!?」
「あたりまえのことを聞かないでくださいまし。彼一人の命で学園とわたくしが救われるというのなら、何を迷うことがありましょうか。たとえ世界中のみなさんが死を選んだとしても、わたくしは一人でも生きる道を進みますわ。自爆するなら、わたくしが安全圏に移動してから、ひそかに自爆してくださいまし」
「まあ待て。仲間割れをしている場合ではない」
そこで、路地裏の石畳に書いた魔法円の中央に立ち、ものすごい勢いで赤い魔力を噴出している吸血鬼……フィルレイン・ラインシュタインの脇に立っていた、怪鳥族の大男――クヌギ・トランスが口を開いた。
フィルは胸の前で手を握り、一生懸命に精神を集中させていた。
しかし、どうにも魔力が発散できないらしく、またしばらくして、ハー……ハー……と力なく息をつき、額の汗を握る。
「どうだ、フィル? 雲を消し飛ばせそうか?」
クヌギが聞くと、フィルはふるふると首を振って、分厚く雲がかかったくもり空を見上げた。
カランが襲ってきたときは偶然雨が降っていて、しかもそれはフィルの魔力で雲ごと吹き飛ばすことはできたのだが。
どうにも、サナフロンが来てから空にかかった――夕焼けほどの明るさを放つ、奇妙なクリーム色の雲は、普通の雲ではないらしく、いくら魔力を当てても掻き消すことができなかった。
太陽光線はシャットアウトされているのに、暗くはない。
樹木妖精は太陽の光が弱点だ。
だからそれで一網打尽にしようとしたのだが、かれこれ一時間以上フィルが頑張っても、一向に雲は消えない。
遂には、ほぼ無尽蔵と思われていた体力が尽きたらしく、小さな吸血鬼がふらりと倒れこんだ。それを慌てて支え、か細く息をしている彼女を覗きこんで、クヌギが声を張り上げる。
「ダメだ、そろそろフィルが限界だ。この雲は、やはり普通の雲じゃないようだな。さっきからかかってる、微妙なこの霧も、どうやら魔力を吸い取ってしまうらしい」
「おそらく、雲も霧も大魔王の存在についてきている、何らかの魔法か魔獣ですわ……日の光を完全にシャットアウトしています。フィルちゃんにどうにもできないのなら、太陽光作戦は使えませんわね……」
アイカが呟いて頭を押さえる。
「とりあえずフィルちゃんを休ませて下さいまし。ロッタだけでも返してもらえるように、交渉に行きましょう」
「あれ? さっき、籍を入れちゃえとか口走ってませんでした……?」
マスコミと街の住人達の人ゴミを、少し上に浮かびながら見上げていた幽霊、サラサ・メルが言う。
アイカは何でもないことのようにそれに応えた。
「ノートランドさんは死のうが生きようがどうなろうが、何かもうどうでもいいですわよ。でもロッタはいないと、生徒会の運営上理由から都合が悪いので、なるべくなら魂だけでいいんで、助けたいんです」
「ににさまはどうでもいい!? もう一回言ってみな人魚!」
「だから落ち着けって!」
ルイを抑えつけて、ゼマルディが言った。
「俺たちだけで行くのは無謀だよ。メル、にゃんこ先生は見つからなかったのか?」
「彼の魔力は、確かにこのあたりから感じるんですけれど……」
そう言って、サラサは首を振った。
「何やってんだよあのでぶ猫。とりあえず、雲が消せないなら勝ち目はないよ。あっちには理事長もいるんだ。今回は、そう簡単にロッタの命を取ろうとしたりはしないだろ。攻め込むとしても、にゃんこ先生を回収してからだ」
ゼマルディが指を立てて全員に言い聞かせる。
「どこに行ったんでしょうあの猫……」
「昨日もらった初任給でおっぱいパブに行くとか、朝、嬉しそうに言ってましたけど……」
アイカが憂鬱そうに言った。
「頼りになんねえ伝説の剣豪……」
「シュマルケン大佐(にゃんこ先生)はあてにしない方が……それより、アーンガットさんに電話してみましょうよ」
「少し前に電話をしてみたが、どうしても繋がらん。留守電によると、西の魔王一族は総出で旅行中らしい」
「えぇ…? じゃあもう、どうしろって言うんですか……?」
クヌギにそう返して、人魚の子が息をつく。
「はあ……どっちにしろ、大魔王クラスが本気で戦争を起こしたら、ザインフローなんて一瞬で消し飛びますわ。しかも今は結界も解除されているんでしょう? 魔力封印も適用されていませんし、その威力はもう計り知れな……」
そこまで言って、ふと彼女は言葉を止めた。
「ねえ皆さん。ふと思ったんですけれど」
顔の前で指をくるくるとまわし、アイカは言った。
「いつも魔力封印がある環境にいるので、感覚が麻痺していましたが、結界がないということは、ようはわたくしたちの魔力も制限されていないということではありませんでしょうか?」
喧噪の中、しばらく生徒会員達が沈黙する。
「そういえばそうだな」
うん、とクヌギが頷く。
「まあ今更だけどな」
ゼマルディも頷いて続ける。
「ということは、各員それぞれ、『制限なしフルパワーの必殺技』が、今なら放てるというわけですね」
「言われてみれば……」
サラサがそう言って、しかし考え込む。
「でも、遠距離攻撃技のゴンザリックエクスプロージョンを使えるのは、現戦力ではクヌギさんとルイさんだけですし。ラインシュタインも限界でしょう? マルディに至ってはゴンザレス系の技を使うことさえできません」
「え? 何? もしかして俺以外全員使えるの?」
ゼマルディの言葉を無視し、クヌギが続けた。
「それに、この大魔王の霧は魔力を吸収するらしい。フィルがもう、萎びそうだ。全力のGエクスプロージョンを、たとえ全員で放ったとしても、途中で掻き消えてお仕舞いだぞ」
「簡単なことです。ロッタがキレた時、いつもやっているでしょう。あれとおなじ方法を使えばいいだけですわ」
人魚がそう言い、胸の谷間に手を突っ込んだ。そして、スポンと一本の鉛筆を取り出す。
「それは昨日ポディマハッタヤさんがくれた、ハッタヤ印の超鉛筆!」
クヌギがそう言うと、アイカが頷いて続けた。
「あなたたちが調子に乗るのを避けたかったので言わなかったのですけれど、特級魔導兵装五級というのは、とんでもない代物ですわ。あの子はズバ抜けて魔力コントロールが上手ですから、道端の小石でもできますけれど。あのですね、基本的に魔力ってモノにこめることもできるんです。それはご存じでしょう?」
言いながら、鉛筆に魔力を集中させ、ふわりと空中に浮かせた。
それを指先でつつきながら、彼女は言った。
「特級魔導兵装というのは、込められる魔力の総量と、内部で倍増させるエネルギー総量でランクが決まりますの。昨日試してみましたら、このハッタヤ鉛筆は一本で最大、Gエクスプロージョン(弱)一発分を込められます。そしてランクは五級ですので、つまり」
指先で軽く鉛筆を、隣の民家の壁に流す。それは時速二百を超える速度で吹き飛ぶと、石造りの壁に、スカコン、と音をたて、てっぺん一センチほどを残して綺麗に埋没した。
「込めた魔力の、およそ五倍の威力を放出します。このように軽く魔力を入れただけで、弱いライフル弾程のパワーが出ますわ」
「もう既に、それ鉛筆じゃねーよ」
ゼマルディのもっともなつぶやきを無視し、アイカは全員を見まわした。
「というわけで、このハッタヤ鉛筆を使えば、めくらましくらいにはなるかもしれません。巻き添えでロッタが死ぬかもしれませんが、この際仕方ないでしょう。とりあえずサラサさん、成仏する前に魂だけでも連れてきて下さいな」
「何恐ろしいこと言ってんだ!? 自分が何言ってんのか分かってんの!?」
「突っ込みが半端ないですよマルディ。もっと上品に突っ込めないんですか?」
「アークシーごと殺す気満々じゃねーか。やめとけよ……大魔王に刃向かって、ロクな結果にはならないと思う……」
「何を仰るの。やるのはあなたたちです。わたくしは嫌ですよ恐ろしい。ただの提案ですよ。そう、ただの提案……」
「てめーこそ何言ってんだ!? ほんと最低だなお前! 止めろルイが本気にする! ルイが……」
真っ青になったゼマルディの隣で、ルイがフフフと笑い、壁に刺さったハッタヤ鉛筆を引きずり出した。
その首筋から、メリメリという音をたてて白いうろこがせりあがってくる。
長く白い髪の毛もやはりうろこ……巨大龍の背中に変化していき、次いで、ゆっくりと、制服の背中を突き破り、コウモリのような羽がせり上がってきた。
「そうですね……そういえば魔力制限がなくなっているんでしたね……」
徐々に巨大化をして、本来の姿を現しかけているホワイトドラゴンの首に、ゼマルディが悲鳴を上げながら抱きつく。
「やめてええ! ちょ! ちょっとま……みなさぁぁん! この付近のみなさああああん! 早く逃げてええええ!」
途中で説得をあきらめたのか、彼が、地上五メートルほどの地点で絶叫した。
ルイが制服を内部から弾き飛ばし、ズンッ、と音を立て、肉食恐竜そっくりの足で石畳を踏みしめる。
足一本だけで二メートル級の柱ほどもある。
黒光りする爪と、長い首。体にはふさふさした白い毛が生えた――。
七メートル級の巨大ドラゴンが、民家を倒壊させながら牙を剥き
「ヒシャォ゛ォォオォアオォオオ゛!」
とけたたましい鳴き声を上げた。
華奢な女の子の体から、巨竜に変身するまでにおよそ十秒もかかっていなかった。
普段はザインフローの魔法結界で、彼女の高すぎる魔力は抑えられているのだが。
制限するものが何もなくなった以上、ルイの中に内燃している魔力は、ものすごい勢いで増加しはじめていた。
首にゼマルディをぶら下げたまま、ドラゴンが、そのまま巨大化したようなコウモリの翼を振る。
それだけで周囲の民家の屋根が吹っ飛び、そこで周囲の人々がやっと悲鳴を上げて散り散りに逃げだし始めた。
頭は真っ白いトカゲそっくりで、丸い目に、額部から鼻先にかけてが銀色の鎧型うろこでおおわれている。耳には水かきのような大きなヒレが付いていて、ドラゴンだというのに長い髪の毛がある。エルダーと呼ばれる最強種の特徴だ。
首は長く、細い体を四本の足で支えている。三メートル以上の長さがある尻尾が振られ、軽々ともうひとつの民家が砕け散った。
その首にぶら下がりながら、ゼマルディが、慌ててルイの頭によじ登った。そして耳の穴に向けて大声を張り上げる。
「やめろ元に戻れ! 今度こそ本当に人間になれなくなるぞ!」
<うるさいよ。マルディはとっとと私の目になりな! 早く眉毛を掴むんだよ!>
威圧的にくぐもった声で怒鳴られ、牛男は頭部鎧部から伸びている、操縦桿のような、二本のヒゲ状のものを掴んだ。体勢を何とか安定させて呟く。
「これって眉毛だったんだ……」
<試し撃ちすんよ! とっとと装填しな!>
「とてつもなくガラが悪くなってるうう! あいたっ! 痛い!」
ピシピシと別のヒゲ(?)で背中を叩かれ、ゼマルディは涙目で怒鳴った。
「ダメだって! マロンの口車に乗るな! ほら写真いっぱい撮られてるから早く人間に戻ってええ! おね゛がいしま゛すぅぅ゛ぅう!」
遂に、ゼマルディが泣いた。
下の方で、少し離れたところからマスコミ連中がビデオや、カメラのフラッシュを回しまくっている。
泣きだした彼氏を意にもとめずに、ルイは眼下で
「はい、これをお使い下さいまし。こういうこともあろうかと、とりあえず昨日もらったものを半分くらい持ってきてました」
と言って、全くひるむことなくリュックサックを開けたアイカを見下ろした。
ギッシリとハッタヤ鉛筆が詰まっている。
<任せな! 跡形も残さんよ!>
グッと白ドラゴンが親指を立て、リュックサックをつまみ上げる。
シュールな光景だ。
「何をわたしてんだマロォォォンンッ!?」
「マルディ、後はよろしくお願いしますわー!」
下でブンブンと手を振って、人魚が安全圏まで退避していく。
他の生徒会員達も、さり気なく全員、あっさりと彼女たちを見捨てて脇に避難していた。
ルイはリュックサックをゼマルディに押しつけると、ズン、ズン、と民家を踏みつぶしながら歩き出した。
<ぐずぐずするんじゃないよ! 鉛筆を早く詰めるんだよ!>
「詰めるってどこに!?」
<兜の脇のボタンを押しな!>
「ボタンって……これか?」
そう言ってゼマルディが、頭部鎧の少し出っ張っている場所をカチッと押す。
すると、ウィィィィ……という金属音がして、そこが開いた。次いで穴の部分から、軽い破裂音がしてピンク色の煙が噴出する。
一秒、二秒経ち、煙が晴れたところで。
ゼマルディは、自分がドラム型ガトリングガンの操縦席に腰をおろしているのに気がついて
「うおっ!?」
と声を発した。
「何これぇぇ!?」
先ほど開いた、ドラゴン頭部の兜。その鼻先部分に、全長一メートルほどの長さのドラムガトリングが生えていた。
「えぇぇえ!? 何これ!? 何? 何が起こったの!?」
<うろたえるんじゃないよ! こういうこともあろうかと、ドラゴン用十連装ガトリング兜を買っておいただけさ!>
「ガトリング兜!?」
<ニードルガン(針のような弾を発射する武器です)でも利用できるから、弾装にブチ込めば勝手に装填されるよ! あとは私が魔力をこめて動かすから、照準を付けて引き金を引きな!>
「いやだああ! 俺はこんなこと望んじゃいないぃぃ!」
<もう遅いね! 男なら覚悟を決めな!>
義侠心溢れる姉さん口調で、ルイがズン、ズンと校舎に向かって歩き出す。
完全に怪獣映画だ。
ビシビシと髭で背中を叩かれながら、ゼマルディがべそをかきつつ、弾装らしい穴に鉛筆を流しこむ。
そこでルイが
<ふん!>
と気合を入れると、ジャコジャコジャコジャコという金属音がした。
「お前ほんとに何なの!? これ何なの!? ガトリング? ガトリング兜って何!?」
<よし! 試し撃ちするよ。Lボタンを押しな!>
「Lってどこさ!?」
<押すだけのこともできないのかい!>
「だからLってどこさ!?」
牛男が完全にテンパりながら、とりあえずガトリング兜から降りようとしてよろめき、ピッと砲台脇のボタンに手をついた。
パラララララララッという妙に軽い音がして、ドラムが高速に回転を始める。
円形に錐のようになりながら、一秒間に百本近いハッタヤ鉛筆が射出された。
あまり反動がなかったためキョトンとしたゼマルディの目に、数十メートル上空に浮かんでいた飛行船を、鉛筆がバスバスバスバスと貫通するのが見える。
数秒後、くにゃりと飛行船が歪んだと思った瞬間、中のガスに引火したのか、轟音を立ててそれが炸裂した。
真っ赤な炎が噴き上がり、火の粉と飛行船の欠片がバラバラと地面に降り注ぐ。
熱風を顔に浴びながら停止している彼氏を頭にのせながら、ルイがまた、のっしのっしと歩き出した。
<ちっ! きたない花火だぜ!>
見えてもいないくせに口汚く罵っている。完全にイッてしまっている。
「うおおおぉ゛ぉお!? 鉛筆が! 鉛筆が飛行船落としたぁあ!」
発狂しそうになっている豆粒のような牛男を、遠くの方から見ながら、アイカが軽く頭を振った。
後編に続く
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コメント
こんにちは、まいです
ラルロッザの学園都市っておもしろいですね
これは自分で作った小説ですか?
こういうのかけてすごいなぁ
結婚式強行のあたりが面白かったです
また来ます
投稿: 麻衣(ムダ毛格闘中) | 2009年5月26日 (火) 14時01分