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2008年12月16日 (火)

ラルロッザの学園都市 SS22―2

ギャグ編ショートストーリー SS22 ふたりのスピカ 後編

前編(http://matusagasin.cocolog-nifty.com/blog/2008/12/post-b61c.html)の続きです
※ギャグ編ではない要素があります

生徒会員全員が、三白眼のような目になっている。
彼女達は、またゼマルディが誤射したのか、もうひとつ飛行船が爆裂したのを見てから、それぞれ頭を抑えてため息をついた。
「ここまでやることはないんじゃないかな……」
クヌギが、フィルを背負ったままポツリと言う。
その脇でサラサが諦めきったように口を開いた。
「ポディマハッタヤさんがこれ見たら大喜びですね。兵器としてのいい宣伝になりますよ」
「ハッタヤ鉛筆の威力がここまでとは思っていませんでしたが、わたくしがつくった可変ガトリング兜があれば、いい囮くらいにはなりますわ。とにかく、この混乱に乗じてロッタだけは何とか助けますわよ」
「あれお前が作ったのか……」
「ほら、何をぐずぐずしているのです。フィルちゃんは貴重な回復役兼盾になりますから、連れてきて下さいまし」
右手を上げてアイカが、墜落した飛行船から引火し、火の手が上がり始めた街並みに飛び出す。
「大惨事だ……」
流石のクヌギも呆然とながら後を追う。そこで、うしろからふわふわついてきていたサラサが、道の端の方に目をやって、「あっ」と声を上げた。

頭にパンティーを被り、体にいくつもブラジャーを巻きつけた猫が、二足歩行でふらふらと歩道に出てくるのが見えたのだった。
「ちょっと待って下さい! あそこにバカ猫がいます!」
慌ててクヌギが駆け寄り、だるん、と首筋をつかんで持ち上げる。
「何をやってたんだにゃんこ!」
「ひっく……うっく……へへ……うっへっへ、一生分の乳揉んできたぜ……」
グッと親指を立てる猫。完全に酔っぱらっている。
それをアイカに投げ渡し、大男は頭を押さえ、学園に向かって侵攻を続ける巨竜を見上げた。
「とりあえず、学園が廃墟になる前に何とかしないと……」
「もういろいろ遅いんじゃないですか……?」
「最悪、フィルの寮だけは守ろう……」
「私もう実家に逃げますよ? ほんとにもう逃げますよ?」
サラサまで涙目になってきたとき、不意に。
学園の方から、何やら壮大な音楽が鳴り響いてきた。
そしてひときわ巨大な飛行船が、第三校舎がある方からゆっくりと上昇を始める。
下部にステージのようなものが取り付けられていて、そこに数人の人影が見えた。
少しして、そのステージの映像なのか、飛行船の腹部分が巨大テレビになっているらしく、何かが映し出された。
段々それが鮮明になって行き、やがて、壮大な音楽の中で、真っ白いウェディングドレスを着て着飾った少女……カランフロンが映し出される。
神父の恰好をして聖書を持った、女の子の召使いを挟み、椅子に後ろ手に縛りつけられ、ガムテープで口がふさがっているセンが映った。髪がオールバックになり、綺麗なタキシードに着替えさせられている。何か喚こうとしているようだがよく分からない。
「何だあれ……?」
大男が唖然とした次に、ステージ奥の大きなソファーに足を組んで座っている、南の大魔王、サナフロン・チェルサーが映し出された。
彼女の後ろに、人間大の十字架が飛行船下部から吊るされており、ぷらぷらと揺れている。
そこに両腕を横に広げた姿勢で、ロッタが縛りつけられていた。
そちらを馬鹿にしたように一瞥し、サナが軽くカメラに向かって手を振る。
数秒後、ブツリと音がして、飛行船の拡声器からか、ハウリングの高音混じりで大魔王の声が響いてきた。
『何やら大騒ぎになっているようだが、時間があまりないのでな。何、静かに見ておれば、ものの二分少々で済む。こ度は、わが娘カランフロンの結婚式と、次代チェルサー家の当主を発表するためにここに参った』
結婚式、と言うのは見れば分かるのだが、その街にいた全員が息を飲んだのは、南の大魔王、チェルサー家の次期党首を発表するという、その声明だった。
党首と言うのは、その一派のトップ。
つまり。
次代、南勢力の大魔王のことだった。
『チェルサー家は代々女しか生まれず、男は必ず、子種を与えた後に死んでいる。それゆえ我らには男の当主が今までおらなんだかった。しかしここに、我が娘に子を授けてなお、堂々と生き続ける男がおる。わらわは、この時代を担うチェルサーの一派を、女ではなく、男の力に託そうと思っている。突然のことになったが、みなにも是非ともに、新たな大魔王の誕生を祝福してほしい』
尊大な音楽と共に、サナフロンがパチンと指を鳴らす。
カメラがそこでいったん、パチンと音をたてて消えた。

 「何言ってんのぉお!? 俺がいつ南の大魔王を引き継ぐつったよ!?」
ベリ、と口のガムテープをはがされた途端、センが絶叫した。
背後で十字架磔されているロッタも大声を上げる。
「ちょっと! ノートランドは東の魔族なんですよ!」
「関係あるかい。それに、お前たち餓鬼共は今でこそ、東西南北だって騒いでるが、タルスヘルンとわらわはもともと知り合いじゃ。あの男の息子を我が継承者に選んで何が悪い!?」
唐突に大声をあげ、サナフロンがセンをにらんだ。
「知り合い……?」
それを聞いた途端、センの顔色が変わった。
「何だと……? どうして、東の大魔王と南の大魔王が知り合いなんだ? だってあんたたちは、四つに分かれて戦争起こしたんだろ!?」
「そんなことを真に受けておるのか……?」
呆れ顔でサナフロンが鼻を鳴らした。
「は……?」
「わらわたちは、五十年前この都市、ザインフローの生徒じゃった。東西南北の大魔王は全員、同時期の生徒会員じゃ」
「何ィ……?」
センの声音が、低くなった。
生徒会にいた時には一度も見せたことがなかった、燃えるようにだんだんと真っ赤に変色をきたしてきた瞳をサナに向け、彼は別人のように、冷たい声で言った。
「てめえら全員グルだと……? てめえら全員知り合いだと……? 何を馬鹿な。だったら、ラインシュタインの親父も知りあいだってのか!?」
「そうだとして、それをお前に咎められる筋合いはないわなぁ」
「いいや、あの外道の仲間だって言うなら話は別だ。この件も奴との共謀か? 答えろ!」
「どの口がそれをほざく?」
途端、サナフロンの口調も一瞬だが変わった。
今までソファーに座っていたはずの彼女の姿が幻のように掻き消え、次いで椅子に縛りつけられているセンの背後から。
瞬き程の間に移動したのか、ふわりと、その首にしなだれかかった。
そして能面のような冷たい顔で一言囁く。
「次にそなようなことをほざきおうったら、かんはつをいれず、八つ裂いて殺す。邪餓鬼が」
冗談の言葉ではなかった。
一瞬だがその呟きが、今までのやんわりとした口調ではなく、別人のような冷たさを含んでいた。
息を飲んだセンから顔を離し、打って変ったにっこりの笑顔で、彼女は娘に言った。
「さあカランフロン。その指輪を彼にはめてたもう」
「ふふ……もう逃げられませんよ、センシエスタ様……」
親子そろって怪しい笑みを発しながら、カランがゆらりと近づいてきた。
その手に、紫色の宝石がはまった指輪がある。
サナフロンは、センの腕を縛っている縄をちぎり取ると、無理矢理に左手をひねりあげ、前に突き出した。
「このエスタドノヴォの指輪は、嵌めた後に一番最初に見た相手を、死ぬまで愛す、鳥の魔法が掛けられておる。随分抵抗をしてくれたが、センシエスタ、これで仕舞いじゃ」
「ちょッ……ちょっと! いくらなんでも強引すぎませんか!?」
ロッタが悲鳴のような声を上げる。そちらを馬鹿にしたように見て、サナフロンは肩をすくめた。
「やかましい。貴様はそこで、愛しの彼がわが娘と心から結ばれるところを、ただ見ているがいい。ことが終われば解放してやる」
「ふふ……ママ、確かにこれは、とてつもなくいい気分ですね」
「センシエスタの口から言わせてやれ、お前など、カランフロンの足下にも及ばないとな」
「や……やめなさいよ! ちょっと! そんな方法であんたらは満足なの!? 洒落になってないわよ!」
「何をたわけておる」
何でもないことのように、サナフロンは言った。
「お前が今話している我を誰だと思っている。南の大魔王、サナフロン・チェルサーぞ」
「それがどうしたのよ!」
「別にどうもしないが、これだけは言える。わらわがいいといえば、すべて、それが正義じゃ」
冷たい言葉に、ロッタが言葉を止めた。
「何言ってるのよ!?」
彼女が激昂したのを、サナフロンが面白そうに目を細めて見て。
にやぁ、と口元を、周りに気づかれないように残酷に歪めてみせる。
そこで初めて、センはロッタに対して静かに声を発した。
「……アルヴァロッタ。黙ってろ。これは俺とチェルサー家の問題だ」
フルネームで呼ばれ、ロッタはしかし、今にもカランに指輪を嵌められようとしている彼氏に、もがきながら声を張り上げた。
「ふざけんじゃないわよ! あんた、もうちょっと抵抗しなさい! あんただけの問題じゃ」
「黙ってろって言ったんだ!」
センが、唐突に人が変わったように怒鳴り声を上げた。
その目を見て、やっと。
ロッタは自分が置かれているその『状況』を理解したらしかった。
それは以前、彼が自分の父である東の大魔王、タルスヘルン・ノートランドに叩き殺されかけた時に、ロッタに向けた視線と同じものだった。
あの時と状況は違う。一見してサナフロンには洒落が通じる、どこか抜けた印象を感じ得ないが。
遅れてロッタは、センではなく自分が現在置かれている危険性を理解してしまったのだった。
磔にされてからかなり遅れて、彼女は地上二十メートル以上の地点から、風が強くなってきた眼下を見下ろした。
豆粒のような、先ほどいた学園第三会議堂が見える。
当然ながらここから落とされたら、羽がある妖精といえども重力に負けて、墜落して死ぬ。
いや、問題はそこではなかった。
どうにも助けが遅いとは思っていた。いくら大魔王が大暴れしようとも、ここは自治外の学園ザインフローだ。
今は巨人の理事長もいる。
結局はどうにかしてもらえると思っていた。高をくくっていたのだ。
しかし、眼下を見たロッタは、高さよりも何よりも先に、理事長達がいるはずの会議堂を見て硬直した。
高すぎてよく分からないが。分からないが何か、木のようなものが見える。
そうだ、会議堂がないのだ。
あんなところに大樹があったか? と記憶を探るが、それは考えられないことだった。
高度二十メートル以上の地点からもはっきり分かるほど……会議堂を覆い隠す大きさと太さの浅黒い大樹が聳え立っていた。
根元がたまねぎのように膨らんでいて、おそらくその中に会議堂があるのだろう。隙間なくびっちりと封鎖している。
いつの間にあんなものが生えてきたのかも分からなかった。
確か、飛行船が飛び立った時は、理事長が懸命にサナフロンを説得していたはずだ。十字架に磔にされているままの姿勢だったのでよくは分からなかったが、そういえば上昇し始めてからすぐに、奇妙な、枯れ木が砕けるような音を聞いた気がする。
もしかしたらあれは。
大魔王が何かしらの魔法を使った音だったのではないだろうか。
そしてあの、理事長や先生達ごと、会議堂を封鎖しているのは、何かの封印魔法なのではないか。
「何あれ……」
ロッタは震える声でそう呟いて、センの腕を掴んでいるサナフロンを見た。
いくらなんでも、あんな巨大な樹を生成する魔力を、たった一人で含有しているなんて。
とても信じられることではなかった。
生命を作り出す魔法というのは、想像をはるかに超えて難しい。
ロッタが全魔力を振り絞ったとしても、種さえ作り出せるかどうか怪しく、新芽を二センチ伸ばす程度が限界だ。
もし、あれが封印魔法で。
先生達が全員あれに捕まっているのだとしたら。
いや、それ以前に、冷静に考えてみて、本気になった大魔王を誰かが止められるのだろうか。
そうだ、ノリで口先だけで渡り合っているような気になっていたが。
誰も、助けてはくれないのだ。
ロッタを生かすも殺すも、大魔王サナフロンの意思一つの問題だった。
「え……ちょ、ちょっと。え……?」
下を見た途端、打って変わって青くなったロッタを見て、サナはあきれたように肩をすくめて見せた。
「なんじゃ……随分遅かったの? 思ったとおり、察しが悪い小娘じゃ」
「…………何だ? 大魔王ともあろう者がちっぽけな妖精一人にムキになってんのか?」
そこでセンに声をかけられ、サナは息をついてから彼の腕をひねり上げた。
「生意気も大概にせぇよ、餓鬼め。安心せい。『わらわ』は、おぬしとカランとの結婚式が終わったら、あの娘をちゃぁんと開放してくれるわ」
含みをこめて、センの左薬指にエスタドノヴォの指輪をはめようとしている娘を見る。
その視線を受け、カランはそっくりの、バカにしたような笑みを浮かべた。
「その後、愛し合う私たちの手で、あの女を突き落としましょうね」
「目的は俺じゃなかったのか? 今までバカ装ってたのはフェイクか?」
カランを無視してセンが大魔王に言う。サナは興味がなさそうに、言葉を失っているロッタを一瞥して返した。
「いや、ただ。わらわは禍根を残さない主義でな」
「よく言う。やっていることはタルスヘルンと変わらんな」
センの口調が変わった。おどけた調子から一変し、感情の読めない重い瞳をサナに向ける。
南の大魔王は、口の端をゆがめると、もう片方の手でセンの首にしなだれかかった。
「わらわとあの男の何が同じなのか、教えてたもれ」
「やられたからやり返すのか……大方予想がつく。あんた、こう言われたんじゃないか?」
センは鼻を鳴らし、ポカンとしているカランを一瞥した後、そっとサナに囁いた。
「『うざいよ、お前』」
他の者には聞こえもしないほどの、小さなささやきだった。
しかしそれを聞いたサナフロンは、一瞬ポカンとした後、ほんの数秒だけ、歯を強くかみ締めて、センの手を掴んだ拳に力を込めた。
ゴッという奇妙な音がして、センが、うっと息を詰まらせる。
しかし彼は脂汗を浮かべながら、慌てて手から力を抜いて視線をはずしたサナを見上げた。
「……俺にそれを返すのはお門違いだ。何があったのかは知らんが、奴と俺にはもう、何の関係もない」
「憶測でものをお言いでないよ」
それに対し、やんわりと笑いかけてから、サナが強く、センの折れた腕をねじりあげた。
「たわごとを。第五禁呪の継承者の立場で何を言う」
「……本当だ。禁呪の核は奴が持っている……」
「そんなことは知っておる。問題はお前があ奴の血を引いているという事実たったそれ一つよ。それ以外のことなどどうでもよい」
腕の骨をひねり上げられ、荒く息をついているセンの耳たぶを軽く噛み、サナは言った。
「おとなしくすると言うなら、わらわがとりなしてやってもよい。カランフロンと縁を結べば、確執云々言っている場合でもなくなるじゃろう。観念して戻って来や、センシエスタ」
「………………取引だ」
「何?」
「……あの妖精は関係ない。手を出すな。今ここで解放しろ」
センを見て、サナは大きく肩をすくめた。
「わらわは何もする気はない」
「カランに手を出すなと言え」
「嫌じゃね」
あっさりとそれを切り捨て、そしてサナは、戸惑っているカランに言った。
「ほれ、はよう指輪を嵌めぬか。あのドラゴンがここに到達すれば厄介じゃ」
離れた場所の建物を倒壊させながら、ルイが向かってきている。
カランは、しかし明らかに折れているセンの腕を見てから、母に向かって言った。
「ママ……センシエスタ様は傷つけないって……」
「やかましい。母にまた逆らうつもりかえ?」
「そんなことは……でも」
「でも、もへったくれもない。はようせい」
カランは、そこで脂汗を浮かべながら自分を見上げているセンを見下ろした。
その戸惑うような表情を受け、彼は押し殺した声を発した。
「……カラン、これはお前には関係がない話だ。付き合う義理はない」
「…………往生際が悪いですよ、センシエスタ様。あなたはここでわたしと結ばれて、そしてあの邪魔な妖精が死ぬのを見届けるのです。大丈夫。エスタドノヴォの指輪の効き目は絶大ですから。その腕もすぐに治して差し上げます」
「カラン。そんなことをしなくても、俺はお前を嫌いになったりはしないよ……」
かすれた声でセンがそう言った。
カランと、そしてサナに至るまでが動きを止めた。
しばらくしてカランは、自嘲気味に少し笑い、そして歯をかみ締めてセンをにらんだ。
「……私を愚弄なさるのですか? あなた様には、そこらの女と、私が同じにでも見えるのですか!?」
「違う。他の奴らがどう思っているのかは知らないが、俺はお前のことは好きだ」
「何をおっしゃるのです?」
ため息をついて、樹木妖精の子は言った。
「あなたが。私がここまでしてきたあなたが、私を好きだなんて、あるわけがないじゃないですか」
途中で呟きになって消えた。
それはどうしようもなく寂しげな声で。
サナが、思わずセンを締め上げている腕の力を抜いたほどだった。
センは少し考えて、そして歯を鳴らして自分を見ているロッタを一瞥した。
それから、カランを見上げて口を開いた。
「嘘じゃない」
「嘘ですよ」
「お前が嫌いなら、もっとずっと前に、俺はフェルンクロストを出てた」
それを聞き、カランは、遠くにルイが倒壊させる家屋の音を聞きながら声を張り上げた。
「でもあなたは! 黙って出て行ったじゃないですか! 五年も前に……一言もなしに!」
「……」
「世迷いごとで助かろうなんて虫が良すぎるとはおもいません? 観念なさい」
「……」
「私が好きなら、何故? 何故こんな下民の血が入った売女なんぞを連れて、出て行ったのです!? 私はあなたの中では下民以下なのでしょう? 違うのですか!?」
「……」
「はは! 見てくださいよ! このみすぼらしい姿! 気品の欠片もない目と髪! お山の大将ですか? 調子に乗って、無様なこの外見で、勝ち誇って! こんなちっぽけな場所で、センシエスタ様の心を掴んだ気になって。現実を見据えていないのはだれですか!? 生まれも血筋も私の方が上じゃないですか! この下民のほうを、あなた様はそれでもなお見るのですか!?」
娘の激昂に口をつぐんだサナの前で、センは軽く首を振ってから言った。
「そいつは下民なんかじゃない。確かに純血ではない、濁った血かもしれない。だけど、カラン。こうまで言ってもお前が納得しないのは分かってるし、俺もお前に事細かに説明するつもりはない。だけど……その指輪を俺に嵌める前に、これだけは聞いておけ」
「……」
「そいつは、すごい奴なんだ」
「…………?」
「俺にはできない。そいつは、すごい女なんだ。だから俺は、そこが、カラン。お前よりも、何よりも、そこが好きなんだ」
「すごい……?」
「ああ」
そう言ってセンは、腕の傷に再生力がついてきていないのか、深く息をついてから続けた。
「一人ぼっちで、俺はそいつをここに放り出したことがある。金だけ持たせて、知り合いもだれもいない、俺のせいで敵しかいないとこにそいつを放り出したことがある。そいつの支えが俺しかこの世にないって分かってても、ほっぽり出した」
「……」
「泣いてても無視した。一言もかけなかった。二年だ。二年無視した。その間そいつは、一回も俺に助けを求めなかった」
「……」
「それどころか、段々一人ぼっちになってった俺と反対に、必死こいて友達作って、勉強して、副会長にまでなったんだ……でも何よりもすごいのは、そんなことじゃない」
「……」
「そいつ、二年間無視した俺を、許すってさ……そう言ったんだ。分かるか。どうでもいいってさ。許すってさ……」
どう、答えを返したらいいのか、カランもサナも分からないらしかった。
彼女達に引きつった顔を向け、センは言った。
「強すぎると思った。適わないと思った……そんな強さは俺にはないから、俺にはそのとき何もなかったから。どんだけそれに救われたか、分からないだろう。だから、だからこそ、俺はそれに対して、虐められて、バカ笑いに付き合ってやるくらいなら、いくらでもやるんだ」
「……」
「だから、さ。どんだけこいつをバカにしたってかまわねえや……確かにこいつは売女の子だよ。でも、でもな。それでもなお俺を救ったこいつが、必死こいて積み上げてきたものを、奪ってくれるなよ」
「……」
「そんな簡単に片付けるなよ。俺が好きなところを、そんな簡単に笑うな。俺を好きでいて、認めてくれるんなら、それだけはゆるさねえ……」
「……」
「それをわらわねえって言うんなら、かまわねえよ。指輪を嵌めろ」
そう言った彼を、カランはしばらくの間、なんともいえない顔で見つめていた。
泣きそうな顔と、困惑のあまり怒り狂いそうな表情がごちゃ混ぜになった、よく分からない顔だった。
動きが止まった娘に、しばらくしてサナが言った。
「カラン、何をしておる」
「……」
娘の顔を見て何かを言いかけたとき、不意にサナはその場を飛び退り、センとカランを庇うように立った。
そして殆ど反射的といった感じで手を前に突き出す。
途端、彼女が突き出している手の周りに、円形に周囲に漂っていた霧が集まり、目に見えるほどの濃度に凝縮された。
間髪をおかずに、凄まじい勢いで何か弾丸のようなものが雨あられと霧に突き刺さる。
眼前を埋め尽くすかと思われるほどの勢いで飛来した数百本を軽く越えるそれは、次々と霧に突き刺さり、しかし貫通することなく、力なくその場にバラバラと山を作って崩れ落ちた。
「なんじゃ……?」
とりあえずは銃撃の間が空いたのをみて、サナが足元に散らばっていた鉛筆を拾い上げる。
「これはポディマの……」
そこまで呟いた時、既に二百メートルほどにまで近づいてきていた白い巨竜が、足を踏みしめ、全開に羽を広げ、頭を大きく弓なりにそらしているのを見た。
ルイの身体は、ザインフローの結界に押さえられていないために、いまや当初の七メートルの二倍以上もの大きさに膨れ上がっていた。
授業参観などで結界を消す際は、十人を超える先生達が彼女に魔力の封印を施す。
それがなく、さらに全力で魔力を発散させていることで、肉体が連鎖崩壊を起こしかけていた。
増大しすぎた魔力に焼かれ、首や頭のうろこがボロボロと崩れている中。ルイは大きくそらした首の上についた頭、その口を百二十度は開き、高周波のような音を発していた。
口内に、高音を立てて彼女の身体に溜まっている魔力が圧縮されていく。
あれを撃ち出すつもりだ。
「ちっ……厄介な」
あの密度の魔力を発射したら、射線上のザインフローが消し飛びかねない。
ルイの目は焦点が合っていなかった。変身した際には、その力でどうにかするつもりだったのかもしれないが。
魔力が高まりすぎて、自分でも制御できなくなっているらしい。頭に乗っているゼマルディと思しき人間が何かを怒鳴っているが、反応さえしていない。
「何をしてる! ルイ! やめろ!」
センの顔色が変わった。彼の首からもザワザワとうろこが吹き上がっていき、徐々にその体がドラゴンへと変化し始める。
しかし一瞬遅く。
ルイの口が一瞬、白熱灯のフラッシュのように閃いた。
瞬間、センが、自分を拘束していた縄を引きちぎり。
無事な方の手でカランの服を掴んで引き寄せ、リンフロンを抱いていた召使いの方に投げ飛ばした。
そして、ロッタとカランを射線上から守るように腰を落とし。
その上半身が膨らんだと思った途端、制服を弾き飛ばしながら黒いドラゴンの姿を現した。
しかし、二メートル足らずのドラゴンに対し、全長十四メートルを超える、七倍以上ものエルダードラゴンが放った魔力はあまりにも巨大すぎた。
変身したセンと、呆然としている娘を見て、サナが青くなる。
いくら彼女が大魔王とはいえ、離れすぎていた。
自分はこれしきのことは造作もないが。
娘たちが直撃を受けて、無事だとは到底思えなかった。
前方の街を砕き散らしながら突き進んできた光の壁のような光弾を見て、慌てて娘の名前を呼ぶ。
そこで彼女は。
自分が封印した第三会議堂を包む大樹のてっぺんから。
真っ赤な光が噴き上がるのを見た。

 ザインフローの第一病院で、点滴を受けている彼を見下ろしながら、妖精の子はスカートを握り締めて俯いていた。
先ほどまでは生徒会員達がいたのだが、全員が看護婦に追い出されて今に至る。
ベッド脇の椅子には、でっぷり太った猫が腹を上にして横になっていた。くっちゃくっちゃと見舞い品のメロンを食っている。
窓の外は夕日が落ちるところだった。
「お前もそろそろ帰りなさい。こいつらにはわしがついていよう」
ベッドに横たわっているセンと、隣のベッドに同様に寝かされているルイを見回して彼、にゃんこ先生が言う。
ロッタは大きくため息をついて言った。
「……ほんとどうでもいいときに強気ね……」
「…………だから悪かったと言っている。大事な時におっぱいパブに行ってて悪かったよ……」
「悪かったと思うならあたしが持ってきた果物食べないでくれる……?」
「ケチケチするな」
「悪かったなんて思ってないでしょ!?」
今度はバナナをむさぼりながら、にゃんこ先生は親指を立てた。
「まあ、結果としてチェルサーは引き上げたのだから良かったじゃないか」
「良くないわよ……現状何も変わってないじゃない……」
そういってロッタは、背中に背負っている、眠りこけているリンフロンの位置を直した。赤ん坊を繋ぐバンドで身体に固定している。見た目は完全に母親だ。
「あんだけ騒いで娘忘れていかないでよ……」
「もうリンフロンのことは諦めるんだな」
人事のように言って、にゃんこ先生は肉球をペロペロ舐めて続けた。
「しかし、今回のことはわしも知らなんだ。まさかチェルサーの小娘がこんな強攻策に出てくるとは、想像だにしておらなんだ」
「あのバカ魔王知ってるの?」
「ん? ま……まあな」
言葉を濁し、彼は息をついた。
「事態を防げなかった以上、一度ノートランド本家に話をせねばなるまい。今、使いの者をフェルンクロストに送っている」
「防げなかったって……あんたおっぱいパブで泥酔してたんじゃん……」
「だから悪かったって言ってるだろう……」
「あたし末代まで語り継ぐかんね……伝説の剣豪は大魔王が攻めてきたときにおっぱいパブにいたって……」
「それしきのことならまだライト級だから大丈夫だ」
「いやだめでしょ!? ブン殴るよ!?」
握りこぶしを作った妖精をまぁあぁとなだめて、にゃんこ先生は言った。
「しかし、不思議極まりない。何故お前は生きている? チェルサーの小娘なら、殺していくくらいはするかと思ったのだが」
「知らないわよ。てゆうか、あたしのほうが何がおきたのか教えて欲しいわ」
「ああ。人魚の娘に井戸に放り込まれてな。目が覚めたら、チェルサーの小娘が禁呪で結界方陣(第三会議堂を覆った大樹)を作っていて、しかもルイシエンタが暴走しているではないか。さすがに不味いと思ったので、少し本気を出して、結界方陣を『第一の秘技・運命両断猫ツインブレード』で叩き斬った。ついでにルイシエンタの発した魔力も斬った。間に合って良かったぞ」
「『少し本気を出して』大魔王の結界を叩き斬ったの!?」
「わしは伝説の剣豪にゃんこ先生だぞ。あの小娘の結界位なら何の問題もないわ」
「重ね重ね、何であんた大事な時におっぱいパブに行ってたの……? それだけが口惜しすぎるわ……」
「命を救ってやったのに随分な物言いだな……」
にゃんこ先生が頭を振った時、そこでセンが軽いうめき声を上げた。
そしてぼんやりと目を開く。
慌ててロッタがにゃんこ先生をむんずと掴んで脇に放り投げ、センに覆いかぶさった。
「ちょっ……ノートランド!? 生きてる!?」
センはしばらくボーッとしていたが、やがて意識がはっきりしてきたのか、ロッタをクマの浮いた目で見上げた。
「あれ……カランとサナ姐さんは……?」
「無理して喋んないで。あのバカ二人に随分触られたでしょ。あんたの体から毒追い出すのに随分病院側は苦労したのよ」
「え……? てゆうか、何で俺もお前も生きてんの……? 今何時……?」
「あれから六日よ。とりあえずあいつらは、なんか知らないけど帰ってったから。心配しなくていいわよ」
「んなわけあるか……あ痛だだ……」
起き上がろうとして、センは自分の左腕がギプスで覆われているのに気づき、きょとんとした。
「だから動かない方がいいって。大魔王の毒で、傷の治りが遅くなってるらしいの」
「無茶をしたの、フリンス」
そこで、でっぷん、とにゃんこ先生がベッドによじ登った。
「師匠……? どこ行ってたんですか……」
「おっぱいパブだ。正直すまんかった」
「生まれて初めて師匠に怒りを覚えています……」
「許せ。まあ、あれらの問題はわしに任せておけ。何とかする」
そう言って、にゃんこ先生は、またバナナを取ってもしゃもしゃと食べ始めた。
「しかし、何故チェルサーは突然撤退したのだ? そのあたりが気になる。何か、去り際に言っていなかったか?」
彼に聞かれ、ロッタはセンの手を握りながら、思い出したくないことを思い出すように、頭を振って見せた。
「……よくわかんない……」
「…………まあ、おいおい話は聞いていくとしよう。わしはフリンスの意識が戻ったと、医師を呼んで来る」
「師匠、ルイは……?」
そこで、横で寝ているルイに気づいたのかセンが言った。
にゃんこ先生よりも先にロッタがそれに答える。
「寝てるだけよ。三日くらい前に目を覚ましたわ」
「そうか……」
深く息を吐いた彼の頭を撫でてやり。
そこで、ロッタは病室を出ようとしたにゃんこ先生の方を向いた。
「そういえば、あんたの(?)攻撃の余波で、あたしらの飛行船が傾いた時、ノートランドがあたしを助けてくれたんだけどね。そのときにあのバカ魔王が何か言ってた」
「何? なんと言っていた?」
足を止めた彼に、ロッタは疲れた顔で返した。
「『あの子達と同じことを言うとは思わなかった』とか……」
「……」
「そのほかは良く聞こえなかった」
にゃんこ先生は、しばらくの間壁に寄りかかって、猿が反省をするポーズのような姿勢で考え込んでいた。
そして、やがて病室の扉を器用にあけて出て行く。
「…………そういうことか…………」
一言呟いて扉を閉める。
そこから目を離し、ロッタがセンを見て口を開きかける。
しかしドラゴンの少年はそれより先に手を伸ばし、くしゃりと妖精の頭を撫でた。
「まあ、生きてたんならもういいよ」
ロッタはそれを聞いて、出しかけていた言葉を飲み込んだ。
その頭をセンが、また軽く撫でる。
そして、だいぶ長いこと二人で沈黙していた後。
息を吐いて、ロッタは。
「うん……なら、いい」
と、ポツリと返した。

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ラルロッザ ショートストーリー」カテゴリの記事

コメント

こんにちは、まいです

この長編小説おもしろいですね
大魔王のセリフとか
使った魔法のこととか
いろいろと気になるところだらけです
また読みに来ます

投稿: 麻衣(ムダ毛格闘中) | 2009年6月20日 (土) 14時10分

面白いといっていただけて嬉しいです。ありがとうございます
魔法に関しては、本編などでちらほら書いています
時間がありましたらご覧ください
http://www16.plala.or.jp/LastComets/Laurotha_index.html

大魔王は、基本的に禁呪という継承系の魔法を持ってます
東の大魔王タルスヘルンは、時間をとめる氷の禁呪一号
南の大魔王サナフロンは、命を促進させる熱の禁呪四号です

投稿: マツサガシン | 2009年6月22日 (月) 00時09分

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