時計 ―― 詩
手を伸ばした。
その手は何もつかまずに。
カチ、コチという。
時計の音が。
だいぶ長い間。
ただ、聞こえた。
鏡を見た。
その人は。
タレントのように様良い顔でもなく。
弁護士のように気強い顔でもなく。
くたびれて。
やるせなくて。
ただ、僕を見ていた。
カチ、コチと。
時計の音が、聞こえた。
時計は、止まらなかった。
その人は言った。
夢。
希望。
テレビの中の笑い。
近いように見えた、もの。
あのこと。
このこと。
こうだったらいいな。
拍手。
賛美。
人の言葉。
幸せな家。
金。
世界。
手と手と。
夢で見た、いつかの。
目を輝かせたラブストーリー。
その人は言った。
絵空事だよ。
馬鹿め。
カチ、コチと。
時計の音が、聞こえた。
時計は、止まらなかった。
手を伸ばした。
その手は、何もつかむことができませんでした。
あなたの笑顔は、遠くはるかなもので。
僕の笑顔は、きっと。
もっとはるかな遠くで。
ただ、夢を見ていた。
夢を。
見ようとしていました。
でもそれは。
あまりに難しくて。
あまりにつらいことでした。
ただ、それだけのことが。
予想以上に大変なことでした。
でも、手を伸ばした。
一秒。
二秒。
時間が、カチ、コチと。
過ぎていく。
その手はなにもつかめずに。
僕は、ふと。
笑顔のことを考えました。
伸ばしても。
伸ばしても。
きっとそれは遠くて。
もう、手遅れなのだけれど。
僕は、笑顔を考えずにはいられませんでした。
なあ。
絵空事なのかい。
僕は、手を伸ばそうとした。
カチ、コチ。
鏡の中から。
さっきと変わらない時計の音が。
聞こえた。
なあ。
絵空事なのかい。
鏡の中から。
馬鹿めと、嘲る声が。
聞こえたような気がした。
届かないよ、と。
聞こえたような気がした。
そうだね。
遠くて、つらいそれを。
僕は多分。
つかむことは、できないね。
それだけの勇気もなく。
それだけの度量もなく。
あなたの笑顔を、掬うこともできないのに。
つかむことは、できないよ。
でも、僕はふと。
手を伸ばした。
その手は、何もつかみはしなかった。
ただ。
カチ、コチと。
変わらぬ時計の音が。
鏡の中から聞こえた。
ああ。
また、明日がはじまる。
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