ラルロッザの学園都市 SS29
ギャグ編 SS29 猫の王
「あんたたちはもう少しあたしの存在に感謝をするべきだと思うわ」
突然会議中にそう言われ、第十五生徒会のみなさんはきょとんとして、大きな胸をそらしている夏妖精のアルヴァロッタ・アークシーに目をやった。
「どうしたんだ。やっぱり女の子の日はきついんだろ? 無理すんな」
牛角の少年、ゼマルディ・クラウンに投げやりに突っ込まれ、ロッタは
「うるさいわ。中途半端にオブラートに包むんじゃないわよ! 生理とはっきりいいなさい」
と冷たく返してから、全員の顔を見回した。
金髪の吸血鬼、フィルレイン・ラインシュタインは彼氏である怪鳥族のクヌギ・トランスの膝の上で、全ての事柄に自分は関係ないといわんばかりにぐっすり眠っている。
自分の隣で、ずり落ちそうになって同じように眠っている赤と白髪メッシュの女の子――彼女の娘(いろいろありましたがロッタの実の子ではありません)リンフロンを忌々しげに見てから、視線をまた脇にやる。
少し離れた場所で、テーブルに突っ伏すようにして、盲目のホワイトドラゴン、ルイシエンタ・ノートランドが幸せそうに寝息を立てている。
自分用の専用枕クッションを引いているという完璧体制だ。
資料を開いているのはロッタと、その隣で半分居眠りをしては覚醒している彼氏である、ドラゴン族の生徒会長、センシエスタ・ノートランド。そしてゼマルディの三人だけだった。
クヌギはフィルを膝に乗せ、参考書を開いて、ものすごい勢いで勉強をしている。
いつも運動部などの活躍で忙しい彼は、大概こういう空いた時間(生徒会の会議中)などには、周りの声に反応しないほどの集中力で宿題を終わらせている。
今もやはり、反応はない。
少し離れた長テーブルの隅では、幽霊族のサラサ・メルがピコピコと魔導小型ゲーム機で遊んでいた。
車椅子の人魚、アイカ・マロンは机の上にアルコールランプなどの器具を配置し、何かフラスコに入ったヘドロのようなものをぐつぐつと加熱しながら、ニヤニヤしている。
そんなカオスな状況の中、九本のキツネ尻尾をふりふりと揺らしながら、小さなポニーテールをした茶髪の女の子が、全員の前に、ちょこちょことトレイに載せて運んできたコーヒーを置いていた。
エルグレンという、上級魔導種族の娘、アラリスだった(SS28話より登場)
彼女――九歳らしい、センのメイドの女の子はロッタの前にコーヒーを置いてから、立ち上がっている彼女の脇に止まって、全員をきょとんと見回した。
「てゆうか今、みなさんはなにをしてらっしゃるんですか?」
「会議という名の休憩会よ。はい、注目。寝てるのは起こすと寝ぼけて何するかわかんないからいいけど、起きてる奴はいい加減注目。注目しないと、このテーブルをひっくり返したいと思います」
さらりと狂気を言い放ち、ロッタが腕を組んで周りを見ます。
「どうしましょうね……!?」
「落ち着け。何トンあると思ってんだ、大理石だぞこのテーブル……」
ニコニコ笑いながら、反面プルプルと、巨大な長テーブルを持ったロッタの手が震えている。
それにあわせてミシミシとテーブルがきしみ音を立て始めた。
慌てて起きているみなさんがロッタの方を向いた。
アイカがとなりのクヌギをつついて彼女の方を向かせる。
注目を集めたのを確認して、ズン、と何センチか浮いていた数トンはある大理石テーブルを床に落としてから、ロッタは大きな胸をそらし、腕組みをした。
「……ナメてんの……? あんたたちちょっと気合が足りないんじゃない……?」
「生理痛の恨みをわたくしたちに当てるのはやめましょうよ」
「当ててるんじゃないのよ。ちょっと限界が近いからあたしはもう寮に帰るって言ってんの」
ロッタがそう言った途端、生徒会室に衝撃が走った。
センまでもがバッと起き上がり彼女を見る。
「というわけだから、今回はあたしがやるべき本来の業務、その全てをあんたたちに担当してもらうことにするわ」
「バカな……というか今は何の話し合いだったんだ?」
生徒会長の彼氏がそう言った途端、笑顔で傍らの羽ペンを彼の脳天に突き刺し、悶絶している様を見下ろしながらロッタは言った。
「話は聞いてたわね? 聞いてたととらえることにするわ。というわけで、あたしに少し休みを頂戴」
「アークシー様。難しくてよく分からなかったのですが、行動内容の指示さえしていただければ、あとはアラリーがやっておきますよ」
アラリスがそう言うと、ロッタは軽く首を振った。
「ダメよ。甘やかしちゃいけないわ。あんたがやればそりゃできるでしょうけど、それとこれとは話は別よ。てゆうかあんたたち、9歳の女の子にやらせて、それでいいっていうの? 恥を知りなさい恥を」
トゲのある台詞を吐きながら、さっさとロッタは帰り支度を始めてしまった。
どうやら今までは引継ぎの話をしていたらしい。
一人だけ話を真面目に聞いていたゼマルディが、そこで軽く手を上げて言った。
「おーい。やれっつわれたって、決算書の中身知らないからやりようがないぞ。せめて資料を置いていけ」
「アラリスに渡しといたわよ。というわけでリンの世話も何もかも全部お願い。あたし今日は帰って寝る」
「そんなに限界なら最初に言ってくれればよかったのに」
アイカがそう言うと、ロッタは深くため息をついて答えた。
「いや、会議の最初に何もかも全部話をしたんだけど……」
「まぁ、やっぱ無理なら、もう帰れよ。顔色相当悪いぞ」
「う……言われたらまたおなか痛くなってきた……」
「テーブル持ち上げるからだよ……いいからホラ、帰れほら」
ロッタをエレベーターに押しやって見送ってから、ゼマルディは全員を見回した。
「よし、じゃあ終わらせて帰るぞ」
「何をだ?」
脳天から羽ペンを抜いて問いかけたセンの隣で、アイカが頬に指を当てる。
「あぁ、そういえば一週間後の体育祭の話をしていたんじゃありませんでしたっけ?」
「体育祭? あぁ~。なんかそんなことを師匠から聞いたな」
センがうなずいたところで、ゼマルディが呆れ顔で着席しながら彼を見た。
「お前……自分の妻が生理痛でダウンしてるときに一ミリたりとも話を理解していないとは、相当だな」
「アークシーがああいう状況だとな、とばっちりでひどい目にあうことが多いから、なるべく接触しないようにしてるんだよ……お前一緒に暮らしてる身にもなってみろ。今日の朝だって危うく閉め落とされかけたんだぞ。足が宙に浮いたぞ。茶碗を洗わなかったと言う理由だけで」
アンニュイな顔でそう言い、センは周りを見回した。
「あー……じゃあよくわかんないから帰るか。あとはマルディが何とかしてくれるそうだ」
「お前がやるんだよ。待て、帰らせたら俺がアークシーに殺される」
ゼマルディが制止して、とにかく全員に手元の資料を見るように促す。
羊皮紙をめくってから、クヌギがため息をついた。
「……また体育祭か。この学園は年に何度祭を行えば気が済むんだ? というか、俺は明日の薬事法即学の課題が終わっていないから、そういうことなら帰宅させてもらう。フィルをベッドで寝かせなければいけない」
「そこの夫妻もちょっと待てな。お前らも逃がしたら、やはり俺がアークシーに殺される」
「あなたの身に人質の価値がおありとでもお思いですか? 死ぬなら一人で死んでくださいませ」
アイカに言われ、ゼマルディはヒステリックな声でそれに突っ込んだ。
「うるせー! グダグダ言わずに、今まで俺とアークシーでやってたことをお前らが分担するんだよ!! 少しは世間様の役に立て! この穀潰しのバカ貴族ども!!」
「あんまりと言えばあんまりな暴言ですわ!!」
「ちょっと今のは聞き捨てならないな」
「マルディ、俺は貴族ではない。しかし心はお前達と共にあるつもりだ」
「うるせぇぇよ! めんどくせーなお前らはもー!! いいから資料を見ろ。あぁアラリス、配ってくれ」
「かしこまりました」
頷いて、キツネ尻尾の女の子が皆さんの前に資料を置いていく。
ゼマルディはそれをパンパンと手でたたきながら、眠っている厄介な生き物三人は無視して、やる気がなさそうなその他を見回した。
「というわけで、今日はこれから次の体育祭でかかる予算の決定第一回を全員で行う」
「待てマルディ。お前俺の計算能力を甘く見てるんじゃないだろうな?」
生徒会長のセンがそう言うと、ゼマルディは深く頷いてから投げやりに言った。
「あぁお前には期待してないから」
「助かる」
「どうせ何か指示しないとお前らは何もやらないだろうから、俺が割り振りするぞ。アークシーに後で腕ひしぎ四の字固めをキメられたくなかったら、観念して仕事を手伝え」
「望むところですわ。いずれ彼女とは決着をつけねばなるまいと思っていたところです」
「何で戦う方向性でとるかな!? いいから観念しろつってんだよ!!」
珍しくゼマルディがブチ切れ、スパーンと資料をテーブルにたたきつけがてら言った。
「マロンとトランスはとりあえず俺とアークシーが今まで作っておいた予算書の金額があってるかどうかの確認。ノートランドは、今までアークシーに書いてもらってたスピーチの内容を自分で書くように。今日中に。あとそこゲームやめろ!!」
まだピコピコと魔導ゲーム機から目を離さない幽霊、サラサにゼマルディが羽ペンを投げつける。
それがスカッと彼女の頭を貫通して背後の壁に突き刺さった。
不満げにサラサが顔を挙げ、そしてゼマルディを見る。
「あと五分……!!」
「俺はてめーのお母さんじゃないの!! てゆうか校内には私物の持ち込みは原則禁止!!」
「はぁ……もういっそのこと戦って決めましょうよ。勝った方の言うことを聞くということでいかがでしょう?」
「そうですねマロンさん。わたしも力を貸しましょう」
「あれぇおかしいな!? 本来の業務をしろっていってるだけなのに、俺を殺す方向に話が行ってない!? だからお前はバトルから離れろ!!」
「わたくしたちから戦闘力を取ったら何が残ると言うのですか。まぁあらゆる点が凡庸なマルディからしてみれば分からないでしょうけど、わたくしたちだっていろいろ大変ですのよ!?」
「いいから仕事をしろっつってんだよ!!! この子たちに話が通じない!!」
「じゃあ私はゲームをする係と言うことで」
手を上げてサラサが言う。ゼマルディは突っ込みすぎの酸欠のようになりながら、すたすたと歩いていくと、ポケットから出したジップロックに、その、気体でできている幽霊用魔導ゲーム機を流し込んで口を閉め、折りたたんでポケットにしまいこんだ。
サラサが唖然として、それからわなわなと震えだす。
「セ、セクハラァァ!!」
「仕事が終わったら返すよ。メルはタイプライターで予算案の提議書を作成。ほら、さっさととりかかれバカども」
同様にアイカの実験器具もガシャガシャと段ボールに没収して、ゼマルディは、代わりにドサリとテーブルに羊皮紙の山を置いた。
「くっ……バックにロッタさえいなければここで焼き殺してやるものを……!!」
「乱暴に扱わないでください高かったんですよそれ!!」
ブーブー言っている女性陣を無視して、ゼマルディは自分の分の予算書作成に取り掛かり始めた。
生徒会員も観念したのか、それぞれ黙々と作業に移行し始める。
と、そこでクヌギの膝の上で寝ていたフィルが
「んう」
と一言呻いて目を開けた。
そして大きく欠伸をしてからふらんふらんと頭を揺する。
「おはようみんな。ご飯食べに行こう!!」
三秒してから元気に彼女が声を上げる。
ゼマルディが深いため息をついて頭を押さえた。
「……また一から説明しなきゃいけないのか……」
それから、結局は起きてきたルイとリンにも同じことを説明して、ゼマルディが自分の分の作業に取り掛かり始めたのは下校時刻の夕方五時を回ったころだった。
「くそ……俺一人ならもう終わってたのに……」
わなわなと手を震わせながらタイプライターを打っている。
反面、今まで寝ていたフィルとリンという伝説の魔族二人は、割り当てられた分の計算を既に終えて、生徒会室の隅でキャピキャピとモーム(魔界のチェスのようなものです)をして遊んでいた。
その矛盾している状況に、生徒会員全体が三白眼のような目になっている。
「……どうしてフィルちゃんたちとわたくしたちの作業量を九対一くらいにしなかったんですか……!?」
ひそひそとアイカに言われ、ゼマルディがそれを手で押し戻しながら答えた。
「フィフティーフィフティーにはしたんだから文句言うなよ……あとフィルもリンも早いけどケアレスミスとか珍解答が多いから、全部任せるのは不安なんだよ……」
そう言って彼は、最初の一手を指してから二~三手で勝負がつくいう高度過ぎる戦いをくり広げているフィルとリンを見た。
精神年齢と外見は完全に小学生なのだが、彼女達の知能の高さは半端ではない。
惜しむらくは心が子供なので、飽きっぽいと言うところなのだ。むしろ彼から言わせれば、配当した分量を彼女達が終わらせた事自体が奇跡だった。
そんなこんなで夕方六時を回ったころ、ポン、と音がしてエレベーターのドアが開いた。
そして中から二足歩行の太った猫、にゃんこ先生が、でっぷん、でっぷんと腹を揺らしながら入ってくる。
彼は珍しく真面目に仕事をしている生徒会の皆さんを見ると、一瞬ぽかんとしてから、不思議そうに、懸命に文書を作成しているセンを見た。
「フリンス……お、お前……わしがいくら読み書きを教えても理解しようとしなかったお前が、モノを書いている……!?」
「あんた先生だろ……」
ゼマルディに突っ込まれ、にゃんこ先生は肩にサンタクロースのように背負っていた布袋を、ドサリと床に下ろした。
「アークシーから電話をもらってな。奴隷どもがきちんと働いているかチェックをしてきてくれと言われたが……」
そう言って彼は遊んでいるフィルとリンを見て、見なかったことにしたのかテーブルに視線を戻した。
そして袋の中からプリンなどの菓子類を取り出しす。
「真面目にやっているようなので褒美をやろう。これでも食らうがいい」
目の色を変えてプリンやケーキをもっしゃもっしゃとほおばっているフィルとリンを尻目に、生徒会員はとりあえずの一息、と言うことで、にゃんこ先生が持ってきたお菓子に口をつけていた。
しばらくしてから、アラリスが
「お紅茶です~」
と言いながらトレイに載せた紅茶を運んできて、全員の前においていく。
にゃんこ先生はテーブルの上に座り、もっちゅもっちゅとバナナをほおばりながら全員を見回した。
「と言うかお前達は何をやっているんだ?」
「いや、次の体育祭の顧問ってあんたじゃなかったですっけ?」
ゼマルディに突っ込まれて、そこで初めて気がついたのか、にゃんこ先生はポン、と肉球と肉球を叩きあわせた。
「あぁ、そういえばそんなことを理事会でいわれた気もする」
「あんたって人は……」
「アークシーが今まで全部やっていたのか」
「改めて見ると超人ですわね」
アイカが紅茶に口をつけながら、計算に飽きたのか資料を脇に投げ出して息をついた。
「誤算でしたわ。今月の彼女の暴発期間に体育祭が重なるとは思ってもいませんでした」
「ふむ。まぁせいぜい頑張るがいい」
ズズ……と紅茶をすすった彼に、ゼマルディが非難気味な目を向けた。
「折角きたんだから手伝ってってくださいよ」
「わしはこれから行くところがある」
「どうせおっぱいパブだろ」
「貴様はわしを何だと思っているんだ。そうそう毎日おっぱいを揉む必要はないわ。ちと別の用事があってな……」
「用事?」
「ふむ。そろそろか」
そう言って彼は、エレベーターに歩いていくと、中に乗り込んでボタンを押した。
しばらくして下降したエレベーターが戻ってきて、また開く。
そして中から、毛並みのいい猫が二十匹近く、ニャンニャンいいながら中に入り込んできた。
その先頭で二足で歩きながら、彼が背後を振り返り
「ニャン」
と言う。それに猫たちが
「ニャン」
と返し、指さされたソファーの方向に思い思いに歩いていった。
ポカンとしている生徒会員の前で、にゃんこ先生は猫たちと車座になって座ると、ふぅと息をついて彼らの方を向いた。
「と言うわけで、わしらはこれから会議を行うので、お前達は勝手に頑張っていろ」
「外でやれよ猫会議は!!」
「ばか者。体育祭なんかよりも重大な問題が持ち上がっているんだ。今日ここに集合していただいたのは、このザインフロー西ブロックを管轄している若奥様達だ」
にゃんこ先生が彼女(?)達の方を向いて
「ニャン」
と言うと、毛並みのいい猫たちはザッと生徒会員の方を向いて、口々にニャンニャンと挨拶をした。
「猫を統率してやがる……」
「まぁ猫ですからね……」
生徒会員の突っ込みを無視し、にゃんこ先生は少し考え込んでから、ポン、と肉球を叩いた。
「そうだ。どうせお前達、そろそろ作業に飽きてきているのではないか? 手伝え」
顔を上げた生徒会員の前で、彼はにやりとふてぶてしく笑ってみせた。
「説明はこちらの若奥様からしていただく。どうぞ奥様」
にゃんこ先生に紹介された白い猫がすっくと背筋を伸ばし、青い瞳で周りを見る。
そして彼女は首の辺りを手でカリッカリッと掻いてから
「メン」
と鳴いた。
周りの猫たちがウンウンと頷いて、にゃんこ先生が深刻な面持ちで生徒会員達を見る。
「だそうだ」
「さっぱりわかんねーよ」
ゼマルディに突っ込まれ、にゃんこ先生がヒゲをしごいてから
「ふむ」
と言う。それに重ねるように、ボーッと聞いていたリンフロンが、白い猫を見て
「ニャー」
と言った。それを聞いて別の猫がすっくと背筋を伸ばし、
「ミュン」
と言う。リンがそれを聞いて口に手を当て、
「ニャム……」
と言うと、他の猫たちがウンウンと頷いてからうなだれた。
「それは大変なの。みなさんとてもおつらかったと思うの……」
リンが目に涙をためながら頷く。それにゼマルディが静かに言った。
「出来れば通訳してくれ。てゆうかなんでリンは猫と話せるんだ?」
「まぁかいつまんで言うとだ」
にゃんこ先生が指を立てて注目を集めてから言った。
説明によると、どうやら最近、猫の若奥様で構成されているらしいコミュニティ『おにゃんこ倶楽部』が、野良猫の組織『なめんなよ』に、縄張り問題で立ち退きを強要されたとのことだった。
既になめんなよは若奥様達の散歩地域にまで見張りを総動員させ、彼女達の交流の場を奪ってしまったとのことだった。
「あの短い言葉の間にそんな意思疎通があったのか……」
得体の知れない猫会議を目の前にして、ゼマルディがボソリと突っ込む。
それにリンがきょとんとして全員を見回した。
「猫語は、言葉だけじゃなくて動作とか毛並みとかでも意味が違うの。だから単純に音だけで会話をする愚鈍な人間とは違うって、皆さんは言ってるの。態度が大きいぞ人間って言われてるの」
「何でわたくし達見下されてるんですの……?」
「なんか不愉快ですね……」
にゃんこ先生が袋からカルカンを取り出し、ぺりぺりと蓋を剥がして全員の前に置きながら、口を開いた。
「しかし、最近の『なめんなよ』、とりわけトップのドス猫の暴虐は、わしから見ても目に余る。若奥様達も子供にそろそろ外の世界を教えなければいけない。そこでわしに相談に来られたという訳じゃ」
全員どこかの飼い猫らしく、カルカンを食べる仕草が上品だ。
にゃんこ先生は生徒会員を見て、そしてヒゲをしごきながら言った。
「と言うわけで、今日、これからドスを殲滅しに行こうと思う。お前達も手伝え」
「いや……まずは、その、良くわかんないけど彼? と話し合いとかした方がいいんじゃないかな……?」
ゼマルディに言われ、しかしにゃんこ先生はバカにしたようにハッと笑ってから答えた。
「何を言うておる。こんな麗しい奥様達がわしを頼っておるのだ。どちらが悪くてどちらが正しいかは、確認するまでもないことじゃ」
「あんた人間でも猫でも見堺なしか……でも、そんなんに俺たちがいく必要もないじゃないですか。あんた一人でいいでしょ?」
意義を唱えられ、しかしにゃんこ先生は
「ふむ……」
と考え込んでから、近くの若奥様に
「ミョーアン」
と言った。それに毛づくろいと視線で答えられ、彼は少し考え込んでから顔を上げた。
「いや、……今のなめんなよのトップを仕切っている猫が、普通の猫ではなくてな……」
「普通の猫じゃないのはあんただろ」
「人を下等な魔獣と一緒にするなバカチンが。おそらくはどこぞで魔力でも吸って化け猫にでもなったんだろう。しかし油断は出来ん。当然奥様達では太刀打ちできんので、なるべくなら捜査人数は多い方がいいのだ。それに、厄介な魔法具を装備していてな……」
「いやだから化け猫はあんただろ」
「かたくなに自分を猫と認めませんわね……」
「行くぞバカども。ついてこい!」
話を聞いていないにゃんこ先生の先導で、猫のみなさんがぞろぞろとエレベーターに向かう。
生徒会員達は顔を見合わせ、アラリスに見送られ、ため息をついてそれに続いた。
「うっわ寒……」
ぶるっと外に出た途端ゼマルディが震える。彼女であるホワイトドラゴン、盲目のルイシエンタ・ノートランドの手を引きながら、彼はいまいち状況を把握できていない彼女に、気分転換だと説明していた。
いまや、リンだけではなくフィルまでもが普通に猫奥様達と意思疎通を取っていた。
リンにコツを教えてもらったところ把握できたらしい。
熱心に猫語講座を聞いているクヌギを横目に、車椅子を進めながらアイカが言った。
「……で、そのドスとやらはどこにいるんですか? 早いとこ済ませて、で、仕事も早いとこ済ませてとっとと帰りたいんですけど……」
「ドスは、奥様方の情報によると、西の第三工場をねぐらにしているらしい。プリン食ったのなら、グダグダ言わずについて来い」
でっぷんでっぷんと歩いているにゃんこ先生の脇について、センが腰を屈めて口を開く。
「しかし師匠。俺たちが総出で行かねばならないほどの強敵なのですか? だったらこのあたりがこいつらに廃墟にされるより先に、魔獣駆除委員会に出撃してもらった方が……」
「いや、ドス自体は多少魔力が高いだけの普通の猫なのだ。問題はあ奴が持っているものでな……」
「何か師匠の弱点になるようなものでも……?」
「うむ。前に一度話し合いに言ったが、あやうく懐柔されるところだった。言っておくがパンツではないぞ」
「し……師匠ともあろうお方が!? なんですか? ヌーブラですか!?」
「ヌーブラ!? なかなかの目の付け所だが、今回は違うぞ」
「いやお前らのその会話はおかしいだろ。どっからヌーブラを装備した猫っていうイメージがわいて来るんだ?」
ゼマルディにビシッと突っ込まれ、センが顎に手を当てて考え込んだ。
「まぁ、ともかくそのドス猫を捕獲、もしくは惨殺すればいいわけですね」
「ああ。まぁお前達にとってはそんなに難しいことではないと思うのだ。だからなるべく人数は多い方がいいと思ったのだが、何か猫化してる奴らがいるな……」
にゃんこ先生が横目で見ると、もはや人語ではないニャンニャンという鳴き声でフィルとリンが会話をしているのが見えた。
猫奥様達と話が大いに盛り上がっているようだ。クヌギも半分ほど理解し始めているらしく、所々で頷いたり相槌を打ったりしている。
「猫語は解読不能の言語と言われていたのだが……末恐ろしい娘どもだ……」
「リンの守護霊が、本人の話によるとお爺様らしいので、その遺伝ではないでしょうか」
「何ィ!?」
ビクッとしたにゃんこ先生は、しかしそこでハタと足を止めた。
大きく欠伸をしながら、浮遊したサラサが口を開く。
「……何か、魚河岸臭くないですか……?」
「何かお言いになりまして?」
アイカが自分の魚尻尾を揺らしてサラサをにらむ。
「いえ、マロンさんの魚臭ではなくて、もっとこう乾物的な……」
「魚臭!? ちょっと聞き捨てなりませんわよ!?」
「くっ……奴め、やはりあの武器を……」
ガクッと膝を突いてにゃんこ先生が苦しそうに言う。
「し……師匠!?」
師の変貌ぶりに、慌ててセンが彼を抱え上げ青くなった。
「どうかなされたのですか!?」
「わ……わしはいい。若奥様達を……」
プルプル、ハァハァと息が荒くなりながら、にゃんこ先生が、同様にへたり込み始めている猫奥様達を指す。
涎が垂れている。
尋常ではないにゃんこ先生の様子に、慌ててセンが若奥様達の方に振り向いて。
そこで、口元を押さえて、つわりのようなポーズで地面にへたり込んでいるフィルとリンの姿が映った。
「何してんだおめーら!!」
「な……何か変な匂いがするよ……」
「するの……」
くらくらと目を回している彼女達を見て、センは真面目な顔になったアイカ達と共に、にゃんこ先生達を守るように工場の入り口に立った。
そこで始めて彼らは、自分達がおびただしい数の光る目に囲まれていることに気がついた。
同様に血走った眼に涎をたらしている猫達が、ハァハァと息を荒くさせながらこちらを見ている。
「な……なんだ……?」
「気をつけてくださいまし。魔術の類かもしれません!」
アイカがそう言って、自分だけはしっかりとハンカチを口に巻きつける。
「よ……よくわかんないけどにゃんこが倒れるってことは、魔獣駆除委員会に来てもらったほうがいいんじゃないか……?」
ゼマルディがそう言うと、センが一歩前に進み出て、そしてルイの手を引いた。
「その必要はない。近づかずに殺ればいいだけだろ? いくぞルイ。合体必殺技、ゴンザリックエクスプロージョンだ」
「はい! ににさま!!」
「やめろ!! このあたりを灰にするつもりか! ルイも適当に返事するんじゃねぇぞ!!」
ゼマルディの全力の突っ込みで引き剥がされ、双子がブーブーと牛男を見る。
「何だよしらけるなー……一人だけゴンザリック系の技を使えないくせに」
「じゃあマルディがやればいいじゃないですか」
「そういう不思議技使えないのが俺のいいところなの!! てか何でお前ら、手からビームとか出たりするわけ!?」
「ビームじゃない。ゴンザリックエクスプロージョンだ」
「どう違うの!?」
ギャーギャー言い合っている彼らを尻目に、一人冷ややかな目で工場の方を見ていたサラサが
「あ、何か出てきましたよ」
と口を開いた。
慌てて生徒会のみなさんが臨戦態勢に移る。
「とりあえず俺がまずGC(ゴンザリックカタストロフィ)を放つ。マロン、ノートランド兄と妹はそれに続け。メルは撃ち漏らしがいたら、容赦なく殺ってくれ。マルディはそのへんにいろ」
プルプルしているフィルを抱えながら、ずい、とクヌギが身を乗り出す。巨体の上で目が真っ赤に光り輝いている。
その前に飛び出て、ゼマルディが慌てて首を振った。
「落ち着け! この工場まだ稼動してるから!! 中にはまだ人がいるから!!」
「大を救うには多少の犠牲はやむをえまい」
「おめーにとっての大はそれ(フィル一人)だろ!! くっそぉぉ!! 一人で捌き切れねーぞこのボケの量!! アークシー早く帰ってきてぇぇ!!」
いない妖精に助けを求め始めたゼマルディの脇で、地面に横たわってプルプルしているにゃんこ先生が、くわっと目を見開いて叫んだ。
「来るぞ! 気をつけろバカども!!」
「ひぃぃ! 何か知らねーけど何か来るぞ!!」
ゼマルディが慌てて生徒会員と工場との射線上から逃れるように脇に転がる。
と、そこで彼は地面でプルプルしていたリンと目が合った。
赤白髪メッシュの女の子は、四つんばいの姿勢でしばらく何かを耐えていたが、ゼマルディの顔を見ると、途端にボッと火がついたように顔を赤くした。
そしてその上気した顔のまま、ポカンとしている彼ににじり寄り、子供とは思えない手つきできゅっ、と抱きつく。
「おじさん……」
「は!? お、おいリン!? ぐんふぅぅう!!」
慌てて制止しようとしたが、一瞬遅く、リンはぶっちゅうぅぅとゼマルディに自分の唇をいきなり合わせた。
頬と耳が真っ赤で、完全にこれは……発情している。
あまりにも熱烈なキスで、体中の魔力を容赦なく根こそぎ吸い出され始めたゼマルディの目に、同様に抱いていたフィルにキスで魔力を奪われ、もがいているクヌギの姿が映った。
娘(リン)がゼマルディに抱きついたままゴロンと地面に転がったのを見て、センが青くなって絶叫した。
「何してんのお前らぁぁ!!!」
同様に彼氏と兄の娘の熱烈なディープキスを魔力ででも感知したのか、ルイが頬に手を当てて
「マルディィ!?」
と悲鳴を上げる。
「な……何が……」
ドサリと白目をむいて地面に崩れ落ちたクヌギに、完全に真っ赤に発情して目の色を失ったフィルがまた覆いかぶさったのを見て、じりじりと距離を離しながらアイカが言う。
「くっ……こんなに威力が強くなっているとは……」
にゃんこ先生も涎をたらしながらプルプルし、必死に何かを耐えている。
奥様達は既に白目をむいてビクンビクンと痙攣していた。
リンとゼマルディを引き剥がそうとしているドラゴンの双子を尻目に、アイカは工場の屋根で、何か短剣のようなものをくわえた黒猫が、すっくと背中を伸ばすのを見た。
「奴だ……ドスめ……!!」
にゃんこ先生がそう言って、ブルブルしながら立ち上がった。
「奴が持っているあれは……三百年前の大戦争で、対猫用の決戦兵器として使用された伝説の武器……猫を意のままに操る最強最悪の、封印されたはずの……!!」
「な……何でそんなのをこのあたりのボス猫が装備してるんですか!?」
サラサがヒステリックに声を上げると、にゃんこ先生は頬の汗を拭って続けた。
「ザインフロー美術館に収納されるはずだったのが、少し前に盗まれてな……わしはその捜索も頼まれていたんだが……」
「何なんですの、その対猫用決戦兵器って!?」
「何でリンフロンとフィルレインにも効いているのか分からんが、奴が持っているあれは、一千年前の霊験あらたかな神木から削りだされ、高純度の魔力水にて精製され、地獄の炎によって精錬された……」
カッと目を見開き、にゃんこ先生は叫んだ。
「秘剣、マタタビブレード!!!」
「…………あぁマタタビですか」
ホッと一息つき、アイカはアンニュイな瞳で、動かなくなったクヌギとゼマルディに覆いかぶさっているフィルとリンを見た。
「この子たち、生成されるときに猫の細胞の何かも組み込まれてるらしくて、マタタビに弱いんですよ。文献にも、ホモンクルーズ類を生成するときに、動物のDNAを組み込むと人格形成に役立つとありますし。確かかつおぶしをあげたときもこんな感じになりました。なんですの、にゃんこ。あなた猫ですから、やっぱりマタタビには抗えないんですのね」
「猫ではない……にゃんこ先生だ……!!」
プルプルしながら歩き出したにゃんこ先生を見て、サラサがため息をつく。
「この状況でも自分を猫だと認めようとしないんですね……で、どうするんですかこれ」
「そうですねぇ……」
間をおいて自分に害がないことを確認しながら、上の空でアイカが応える。
その前で、勝ち誇った顔で屋根の上の黒猫は、マタタビブレードをくわえたままニヤリと笑い、ニェニェニェと声を上げた。
イラッとしたのか、アイカがポチッと車椅子の脇のボタンを押す。
途端。座席の一部がガションガションガションと重低音を立てながら変形し、照準装置が彼女の顔の前に回転し、横から射撃用ライフルの銃口がせりあがった。
彼女が覚めた目で、ボタンで照準を調整するのを見て、わなわなとサラサが手を震わせている。
「くっ……わしは……わしはにゃんこ先生だぞ……」
マタタビブレードの魔法の香りに屈しそうになりながらも、二足歩行の太った猫は足を踏み出した。
体中から汗を垂れ流しているため、妙にしっとりしている。プルプルしている様が実にシュールだ。
「伝説の剣豪が……マ……マタタビごときで……マタタビごときでぇぇ!!」
気合で魔香を吹き飛ばしたのか、彼はズンッと空気を揺らして魔力を噴出させ、そして腰の剣を抜き放った。
「ドスよ! 貴様にこのあたりの縄張りは渡さんッ!!」
剣を大上段に構えながら、彼が大きく跳躍する。
周囲の視線がにゃんこ先生に集中し、彼のあまりの跳躍力を予測していなかったのか、ドス猫がポカンとして硬直する。
「あ」
そこでアイカが、しまった、と言った感じで呟いた途端、彼女の車椅子からライフル弾が発射された。
それは丁度にゃんこ先生とドス猫が直線上に重なる位置で、ドズンッとにゃんこ先生の背中にめり込んだ。
「ぶぅぁぁぁああ!!!」
なにやら陰惨な悲鳴を上げながら、銃撃の勢いで空中でぐるんと回転したにゃんこ先生が、そのままドス猫に激突する。
回転している最中に、さすが伝説の剣豪と言ったところか、剣を振りぬき、それがマタタビブレードを両断するのがアイカ達の目に見えた。
そのままライフル弾で空中に跳ね上げられて、伝説の剣豪が工場の裏側に消えていく。
突然のことに呆然と砕けたマタタビブレードを見つめるドス猫と、魔香が消えたのか、周りの猫たちの目の色が元に戻っていく空気を感じながら。
アイカは
「もうっ。余計な根性みせなければすぐ終わりましたのに」
と身も蓋もない怒り方をして、車椅子のライフル銃を収納してから、きびすを返した。
「さて。わたくしは生徒会室に戻って、作業の続きに取り掛かりますわ~」
そのさっぱりした声は、地域がら冬が長いザインフローの空に吸い込まれて消えていった。
次の日。ロッタのみならず、ゼマルディ、そしてクヌギとにゃんこ先生、フィルとリンがそろって欠席した生徒会で。
センは、深刻な顔で、目の前に山積まれた書類を見ていた。
あれから徹夜でアイカ達が頑張ったのだが、クヌギとゼマルディは根こそぎ魔力を吸い取られ仮死状態、フィルとリンはマタタビブレードの魔力に当てられ、しばらくは発情状態が続くということで病院に隔離。
どうやら彼女達の遺伝子の中で、天敵ともいえる耐性のない、官能を刺激するアルコールのような魔力兵器だったらしい。
ある意味どんな実弾兵器よりも恐ろしい兵器だ。
にゃんこ先生は背中にライフル弾の直撃を受け、ヘルニアが再発したらしかった。
アラリスは生理痛が悪化したロッタの看病で、今日は生徒会室に来ていない。
そんな状況で作業が終わるわけもなく、今日、さらに他の生徒会から決算案が提出され、作業量は昨日の三倍ほどまでに膨れ上がっていた。
真剣な顔で自分を見ている生き残りの生徒会員を見回し、センは目の前の書類を、そっと脇に避けて、息をついた。
今は三時半。四時になったらまた予算案が増えることになる。
「さて……」
彼はそう言って、実にあいまいな顔で笑った。
「帰ろうか」
結
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